映像制作会社にいた時の話になります。
制作現場のクリエーターたちの多くは自由でマイペースな人たちが多く、スクリーニングをしたら多くの人たちが発達障害と診断される可能性があるかもしれません。
コミュニケーション能力の問題や社会的規則から外れていても許されてしまうような、自分の才能を生かせる適材適所の居場所を見つけたものだと感心したものでした。
そんな環境の中でも、「あの人なんとかしてくれ!絶対ADHDだから治療に繋げてくれ!放っておいていいのか?」と周りから声が上がる人が出てきます
勤続年数が長く仕事は普通にこなすのですが、時間の管理やコミュニケーション面で周りに迷惑をかけてしまうようです。
さて、どうしたものか?
産業医にも面談してもらうのですが、本人に困りごとがなく夜も良く眠れている。
仕事は楽しくて問題ありませんと答えられると支援のしようがないとドクターもお手上げ。
取り合えず、本人の自宅近くの都内でも有名な精神病院、松◯病院へ付き添い一緒に行くことにしました。
せめて会社の始業時間に会社に入れるように(遅刻ばかりでした)、生活習慣を整える相談に行きましょうと言うとすんなり承諾。
色々な検査の結果、発達障害と診断されました。
更に、発達障害の支援で通院していた30年近く前の子どものころの記録が残っていました。
子どものころからその兆候があり親御さんが心配なさって病院へ連れて行き、きちんと対策していたことがわかりました。
発達障害の症状はなくなっていませんが、自立して自分の仕事を楽しむ大人に成長していました
本人からは、通院経験は聞いていません。
本人いわく、両親(70代)が病気で自分が介護をしている。
(ご両親は、お二人とも大学やNHKで講師をなさっていたインテリだと周りから聞いていました)
兄弟が1人いるが、仕事をしないで家に引きこもっている。
同居している三人のために自分が働かないといけない。
仕事は楽しいので休職させないでください。と就学前の子供のように泣き出します
某国立大学付属の小学校、中学を卒業し、進学校の高校を中退して専門学校を出ています。
知的能力は低くありません。
だれにも言わないでほしいと見せてくれたノートには、何年間にも渡る、いじわるされたことや暴言、セクハラをされた時の記録がぎっしり鮮明に実名で記載されていました
いじわるをされたり、暴言を吐かれてもやり返したり、言い返すことはなく飄々としていましたが、本当は、周りの対応に深く傷ついていたことがわかりました。
いつか訴訟の素材にしてやろうと記録を取り続けたという気持ちではなく、書くことで自分の気持ちを吐き出し、こっそりと自分なりに消化していたのかもしれません。
結局、様子をみましょうということになり、周りも受け入れをお願いし、今まで通りに本人のペースで仕事を続けることになました。
こんな調子で、20年以上も仕事を続けてきたと考えると、強い人だと感じずにいられません。
不器用で、周りから吊し上げられても恨むことなく人懐っこいコミュニケーション能力で、一つの仕事を続けることができるのですから凄いなと感じました。
発達障害があるかどうか、また、知的障害が伴っているかどうかに関わらず、個人の持つ能力を最大限に引き出し、自立、充実した生活を送ることができるように子どもをサポートすることが周りの大人の基本。
この方は、親や医療機関できちんとサポートを受けてきたのだと思います。
子どもを持つ親御さんは、ステレオタイプな支援ではなく、個々の状況やニーズに基づいた支援と介入の判断をすることの重要性を感じました。
私より勤続年数がはるかに長く、特殊技能を持つ彼女は、きっと私より高給取りだった?
最後までご覧いただきありがとうございました。
素敵な一日をお過ごしください💘