こんにちは"(*´˘` )♥(´˘`๑)"こんばんは

 

 


 

 

今日のお話は、非二元からは離れています。心のお話になるかと思います。

過去の記憶だと思ってる情報の一糸から辿ってるお話になります。

 




++チャットGPTさん要約++


この記事は、優しい母親になりたかったが、自分の怒りっぽさや過去の記憶に悩まされていたという内容です。自身の怒りの感情が父親からの遺伝であると教えられ、幼少期からその影響を受けて育ってきました。そのため、母親や祖母からも咎められ、自己否定が強まりました。


筆者は自分の短気な性格を嫌い、自分を責めることで自己肯定感を保っていましたが、それがかえって自己否定を助長しました。信仰心に頼り、温厚な人になろうと努力したものの、信仰では幸せにはなれないことに気づきました。


筆者は日記を書くことで自己の感情を整理し、ポジティブな思考を取り戻す努力をしました。最終的に自己愛を見つけ、自分の心の弱さを認めることが重要であると悟りました。この過程を経て、自己否定から解放され、ポジティブな生き方を選べるようになったのです。


このブログ記事は、自己愛の大切さと心の弱さを認めることの重要性を強調しています。




 


++ここから本文++



私は優しいお母さんになりたかったんです。

それは自分でも怒りっぽいってわかっていたからです。

それは怒ってるから優しくない母親って決めつけてたんです。優しくない母親はイケテナイ。だから柔和な人でいたい。でも時々怒ってるから優しいお母さん像はかき消されてしまっている、と勝手に決めつけてイライラしていたんですね。

 

 

 

 

でもしょっちゅう怒っていないんです、時々なんですよ。危険があった時とかしか怒ってなかった。だってね子どもが可愛くて大好きだし、聞き分けのいい子なので怒りようがないし。怒るようなことしてこない賢い子でしたから。

 

 

 

 

 

難と言えば個性的なジジババと住まわせてしまっている負目もあったし、自分もババのわがままに迎合して辟易してたので、ほんとごめんというきもちなので、怒ることはないんです。

 

 

 

 

だけど。母親のわがままを優先しなければならないので息子には我慢してもらう必要があるんです。そんな時にイライラが怒りになってしまい、怒った時に罪悪感が襲ってきて、いたたまれなくなるんですよね。ズーーーッと優しいお母さんでいたかったから、イラってした時に、なんか優しいお母さんでいたいことを邪魔された感じがして、自分を責めてたんです。そうやって責めることで自分の存在を肯定してんです。めんどくさいですね…。

 

 

 

 

 

 

沸点の低さは他界した父親(ジジ)も沸点が低いから、遺伝子だと言います。私が子どもの頃はテーブルひっくり返ってました。(余談ですが、そんな家にいたら「男の人は沸点低いのが当たり前だ」になりますよね、当然。そういうのもあって男の人と話すのが苦手だったんですね。怖くて「何を話したら怒らないか」を考えて接しているから、その人のありのままを見ることができるようになるまで40代までかかってしまいました)

 

 

 

 

 

父親を見て自分も沸点が低いことを気にしだすようになり、この子は癇癪持ちだ!と母方の婆さんにも母親にも咎められます。癇癪持ちだから、お祓いだかをしてもらえ!的に言われてました。お祓いしたかどうかは覚えていませんが。だから母親は、私が育てにくくて、私に厳しくして服従を強要したのかもしれませんね。

 

 

 

 

 

でも、よく考えてみてください。子どもにはなんの落ち度もないじゃないですか。例え短気だとしても咎められるのは違うでしょ?って思いません?誰もが短気になりたくてなったわけではないんですよね。でもしょうがないんです、生まれつき沸点が低いんです。困りますよね。自分でも理由がわからないんですから。。。私は自分自身のことなのによくわからないし、「短気」「怒り」に対して、恐怖心を持っていて、咎められるんなら自分を嫌ってしまえばいいって思いました。

 

 

 

 

 

昭和のタートルネックのセーターとか大嫌いでした。素材が悪いから首チクチクするし。だから『それは嫌だ!』と言う。『言うこと聞け!』と頭ごなしに怒られる。『嫌だ!』となる。なんで嫌なのか幼少期なのでうまく言語化できないので、『嫌だ!』としか言えない。そのうち泣き叫ぶ。聞き分け悪い子!あんたなんか捨ててくるよ!と言われる。即不安になる。怯えて言うこと聞く。でもチクチクが嫌だ。拷問みたいでした。誰も私をわかってくれない。悲しい。どうすればいいのか分からない。

こんなシーンを毎日やってるわけですよ。ネガティブセンサー発動機みたいなもんですし、ドラマにしたら何テイク?って感じですよね。

 

 

 

 

 

だから温厚な人に憧れていきます。『温厚になれば幸せになれるんだ』と思っていたから、母親の信仰を手伝うくらいに頑張れば、『温厚になれて幸せになれかもしれない』と思って歯を食いしばって頑張っていたんです。でも嫌いなことはできない気質は昔からで、、、正座してるのも、大人の話聞くのも嫌いで辛くて、空を眺めて現実逃避してました。

 

 

 

 

 

結論から言うと、信仰心というものは温厚で幸せになれるものではありませんでした。母親だって信仰しているのに優しいわけではない、話を聞いてくれるわけでもない、片付けもしない、どちらかと言えば私が母親の愚痴を聞いて慰めていた方ですから。教義と掲げておきながら自分はしないっていう・・・

 

 

 

 

 

じゃあ誰が私の話を聞いてくれるのか?と言ったら、話す人はいないので、日記を書いていたんですね。今日は何があったとかこんなことを言われてたとか、嫌だったとか。小学生が書く日記なんてそんなものでしょう。そういう書くことで生きるためのバランスが取れていたのかもしれません。

 

 

 

 


 

そうやって我慢しながら矛盾の変な日常を過ごしていくと、子どもとはいえ、自分が変なんじゃないか?とだんだん感じていくんです。中学生の時には、まるでそれを象徴するかのように、「あんたが怒りっぽいのは、霊が憑依しているからだ、もっと神様に仕えなければならない」と信仰への強要が厳しくなっていきました。そんな強要されたり、憑依しているなんて言われたら私は悲しくなってますます信仰することも何もかも嫌になります。でも母親にはそんな私の気持ちは米粒ほどもわかりませんよ。

 

 

 


 

私は精一杯抵抗をします。すると親の権限を振りかざし「貴様〜!!」と仁王立ちで母親は怒号を飛ばしてきます。時には洋裁で使う目打ち?を片手に脅してきます。もう怖くて、もうダメなんだ、、、これ以上は抵抗できないんだ、と諦めました。ヒートアップした怒りは私の中で小さくなりながら冷たくなっていきます。高校生の頃には、あと3年我慢すればこの家から出られるんだと聞き分けのいい娘を演じることに転向してました。

 

 

 

 

 

しかし子どもの頃に貯めたフラストレーションは、そのことに意識が及ばなかっただけで残っていたんですよね。フラストレーションが溜まったまま、自己価値のないまま成人して、それでも子どもを授かり、自分が親からされたことは子どもには絶対しない!褒めて育てる!と決めてやってきたのに、我が子小6時パワハラ担任のこともきっかけになって、溜め込んだ我慢や欲求、緊張や不安がドッカーンと大爆発して、大事な我が子に当たりました。滑落するようにどんどんどん底に落ちていく自分を感じて、光が消えた・・・と思いました。自身も息子もすごく苦しかったなって回想します。

 

 

 

 

 

だけどほとんどの人はこう言います。怒りの感情のコントロールするのが「大人だよね・当たり前だよね」と。そう言うことの真意もわかっているので、感情をコントロールできない私は「やっぱりダメだやつ」とレッテルを貼ります。

 

 

 

 

 

「ダメなやつだから何やってもダメじゃん、ダメやつだから離婚されたんじゃん、慰謝料も養育費ももらえず貧乏まっしぐら、仕事もできないんじゃん、ダッセーお前!」と言う言葉を脳内で万億回再生したことでしょうか・・・。

 

 

 

 

 

ダメなやつは何やってもダメなんだよ。どこかで聞いたセリフを自分に当てがい、それを自分のものとして握りしめ、自己否定をし、自分とは存在に値しないのだ、そういう自分を作っていったわけです。つまりそういう生き方を何かのせいにしながら自分で選んでいるわけですよね。

 

 

 

 

 

ネガティブを感じるセンサーとポジティブに感じるセンサーの両方を持っている私たちなので、どっちを使ってもいいですよね。でも機能不全家庭出身者は、自己否定しかしないのでネガティブに感じるセンサーばかり使っているので、ポジティブのセンサーを持っていたことを忘れてしまったんですよね。

 

 

 

 

 

フラストレーションの出口もなければ、解放のタイミングもない。そしてネガティブセンサーしか使わないので、死んだように生きる。滑落したまま怪我をしたまま手当てもせず放置し母親ヅラをするけれどもダメなお母さん。だから我が子にも嫌われる。

あの宗教なんだったの?あの母親の躾はなんのためだったの?なんの意味もなかったよね?幸せでもない、健康でもない、富もない、仲良くもない、私は怒られるためだけに生まれた奴隷だったの?

 

 

 

 

 

光が消えている真っ暗な自分の人生に、どうやって生きる道を見出せばいいかわからないから、他人の意見が正解で、他人に好かれるように生きるしかなかったんですよね。(これを他人軸っていう)だって他人に嫌われたら道が見えなくなるってわかっているからですよね

 

 

 

 

 

ですのでこれまでのマイナス思考、被害妄想、悲観的思想、被害者意識、自己否定、自己憐憫、罪悪感、無価値観というネガティブさん代表格は、その人の性格ではないんですよね。真実ではないんですよ。あとから作られたもの、なわけです。ということで人生にはリマインダーになる人が必要だということをお伝えします。

 

 

 

 

 

リマインダーになる人とは、リマインダーなので思い出させるということです。「そういう人が近くに現れるように」と日記に書くといいです。日記といっても夜のジャーナリングのことです。毎晩今日の良かったこと、褒めること、言いたい文句、明日どうなっていたいか、をただ書く。頭の中転写です。それを「見る」「寝る」だけです。明日があるかどうかわかりませんが、どうなっていたいか、何をやりたいかを書けば明日が来るかもしれませんよね。ジャーナリングは瞑想よりもはるかに思考の情報の取捨選択ができます。

 

 

 

 

 

 

子どもの頃に楽しいって感じることがほとんどなかったら、大人になってから「楽しい」を感じることに抵抗が生じます。笑っていいのかな?って。私なんかが幸せを感じていいのかな?バチが当たるんじゃないかな?ってね。楽しんでたらいきなり「天罰!」って叩かれたら嫌だなってビクつくことも考えてしまうから、それは自分を守るための防衛策なんです。そんな不安も書いたらいいんです。紙に転写するということです。それが実は自分を守ってくれるんです。

 

 

 

 

 

 

つまりは人って、全員自分は自分を大切な存在だと思っているから自己防衛が働くわけですよね。もともと自分のこと嫌いではなかった。けれども嫌いになるしかなかった。それは愛する人(親)が目の前にいるっていうのに、叩かれ怒られ罵られていく内に、自分は愛する人(親)を喜ばすことが出来ない・・・なんて自分は無意味な存在なんだ・・・と自分に失望します。失望して自分を嫌いになって、自分に怒る。それはもう自暴自棄。

 

 

 

 

 

だから怒りって他人への怒りではなくて自分への怒りなんですよね。でも自分のこと無意識的に大切だと思ってるから自分へは怒りたくないだから他人に当たる、そしてまたダメやつ認定する、、、。それは大切な自分への愛の期待というのかな。愛の表現をミスなくできると思ってた、でも、ミスの連続だった。怒るしかない…みたいな。

 

 

 

 

 

 

自分に怒るのが嫌だし、他人へも怒りたくない。うまくやりたい。だから穏やかになりたい。でも子どもの頃に初めて人間を認識した親は穏やかではなかった。乱暴だった。乱暴が前提になっている自分。怒りん坊だ。信じられない、絶望する。

 

 



自分には穏やかさが設定されていない。知らないままではいやだ。だから穏やかというアプリケーションがほしかった。でも穏やかになりたくてもそのなり方(入手経路)を知らない。入手経路を探し、方方歩いて、穏やかさを渇望し、思いを胸に抱えて半世紀近く彷徨い彷徨い・・・






やっと【自己愛】を見つけて到達した。怒りん坊でもOK。だけどもう怒りん坊じゃなくなった。だけども"怒り"は使える。だから穏やかになった。絶対自分には無理だと思っていたけど大丈夫だった。目標達成です。これはドラマチックよねw。こんなシンプルなことだったんですよ。人生の仕組みって自己愛。。。こういうシンプルな流れなんだなってやっとわかった時はもう51歳ですよ。年齢なんてただの数字ですからどうでもいいんですけど。

 

 

 

 

 

 

自己愛の一番の効果は、褒める労うもそうなんですが、自分の心は誰よりもマジでやばいくらい弱い!!と認めることです。弱い!(できない)って認められないから苦しいが増す。自分が弱いんじゃなくて心が弱いっ、と気持ちや心にフォーカスして「自分こころ弱いっ」を文字にして書いて視覚化して、自分で心底から認めたら楽になりました。そうなるのに、葛藤がすごくてなかなか認められませんでした。でも、認めちゃったら(受容)早いんですよ。気が楽になってもう抗わなくていいんだってホッとして、やっと忘れてたポジティブセンサーを使えるようになるわけです。

 

 

 

 

 

だけどやっぱりそこは訓練なので、ポジティブセンサーを持ってるし使えるってわかってるのに、ネガティブセンサーに慣れてるからつい何でもかんでもネガティブセンサー使う、っていう癖を選んでるだけなんですよね。性格でもなんでもなくてただの選択の「」なんですよね。だからやることはその癖を直す訓練です。だとしたら愛おしいと思いませんか?

 

 

 

 

そうして自己愛なら念願の優しくて明るいお母さんになれるんです。私は宗教では幸せを感じませんでしたから自己愛派です。それを見つけることができて本当に良かったってことをシェアしますね。





本当に心が弱いって認めることは賢明です。

 

 

 

 

 

 

今日も読んでいただきありがとうございました😄