こんにちは"(*´˘` )♥(´˘`๑)"こんばんは








ワンネスに、始まりも、終わりもない






極めて境界線の無い、ということを繰り返し思うとき





『ここ』を始まる、とするなら始まる

『ここ』を終わり、とするなら終わる







ワンネスとは?調べると








自分を人間である、と思うと

それを起点として思考、思念が始まる







だから

君がいて、僕がいて

君は、僕で

僕は、君で


柱も、僕で

器も、僕で

窓も、僕で

電球も、僕で

どれもこれも、僕です

どこもかしこも、僕です





人間である、と常日頃から思ってる目線からは



物質をそれぞれ単体として認識した上で、ワンネスを用いてる






しかし、

すべては切り分けることのできない僕である



僕は世界だ






もっと平易に言うならば、人間としての分離した意識で、ワンネスを語ると、対象を主体としたワンネスを語っている





けれども本来ならば、

ワンネスは、【対象は】存在しない





そのことを以下のタイムラプスを例にします

これを


【一枚の絵】


として表現すると

この絵の始まりと終わりはない、と言っています








どこが始まりかは、確かなものはない

どこが終わりかは、確かなものはない




しかし、

確かであると認識するならば

それは確かなことですが





それを確かなこととすると

『ここ』

と対象が存在してしまいます






先のワンネスとは?の

ワンネスの意味を解釈というか、解説したというのか、、それをした始めの人の作った意味を鵜呑みにしてましたが、




全てはひとつである、

は対象を主体としています





本当は、ひとつ、もない

ひとつ、と言うには、ひとつ以外が必要ですから。




浸透しているワンネスの定義は

【ひとつです】って言うことで、それぞれ離れている、【他があり】、それは【異なる】という【分離の感覚】を狭めようとして、無くそうとしてではなくて、あくまでも縮小、減少させようと目論みのもと、意図的に作られたのかもしれません。





そう考えると、君は僕で、僕は君だよ、一緒だよ、、、






なんて言って、まるで森ガールのようにふわふわとファンタジーです。30年以上も前の17歳の頃、心の底からミラーボールに憧れを抱いた女の子って感じはいなめません。





ワンネスには、始まりもなく、終わりもなく。







↑しょうーじき、あんまり意味わかってないで書いてます。寝ようと思って布団にくるまり気持ちよくなってたら、あ!って分かったんですわ。


放置しても良かったんですが、翌日は覚えてません。どうやっても思い出せませんでした。後で思い出すだろうと放置=流したものは思い出すことはありませんでした。消えてしまうんですね、残念ですが。


そういう体験から、ストーリーのスライドが送り込まれてきてると思うし、閃いたこと、分かったこと(←気づいたようなことを指します)はどんなに眠くても書き留めるようにしました。


そうしてからどんどん、閃いたり気づくことは加速していきました。意味なんか気にしてたら書けませんから、意味なんてわからないでいい、だってそもそも人間だと思っている、その意識=視点=起点からは理解不能ですから。


ある時から人間は物語の中で『理解しよう』として『言葉を作り』、言葉に『意味をつけ活用して』、物語を複雑にすることに大成功してきたという思い出深いストーリーを経て、


言葉の要らない方へ向かう、そんなストーリーがあってもいいのかなと思いますので、、私はそれなんだなあ、と思ってます。それが私の起きてくる物語だとして、こんな感じの意味不明さで書いてることが、フローのようにただ起きてきてるんですよ。






✳︎以下は私の物語の項目


  • 潜在意識
  • 引き寄せの法則
  • 自分の魂を見る
  • 自愛を初めて知る
  • 加速する想像と妄想
  • 現実創造への憧れと執着
  • スピリチュアリストと名乗る
  • 自分軸完成
  • 5次元意識
  • 自己実現
  • エゴとの攻防戦
  • 自己超越
  • 自と他の統合
  • 自分との統合
  • 恐ろしいほどの至福を体現
  • 統合への魅力減少
  • 自分がいなくなる
  • でも自分がいる
  • 自分じゃない感覚
  • 非二元
  • スピリチュアリストをやめる
  • 5次元意識をやめる
  • 空間の行方不明
  • 無いものがない
  • あるものしかない
  • 探し物からのアクセス制御
  • 与えられてる意味を知る
  • 私はいない
  • 主張しなくていいんだと安堵
  • 絶対的な安堵の中









もう、私は、主張しなくていいし、私が頑張らなくていい。






僕は僕であることを主張しなくてもいいし、僕であることに執着しなくていい、僕であることの特権はとうにないのだから、何かを作られてきたことも大いなる勘違いなんだから、悔しがらなくていいし、怯えなくてもいいし、泣かなくてもいいんだ。気楽にゆるくやってたらいい。




いやしかし悔しがってもいいし、怯えてもいいし、泣いて嗚咽してもいい。それが、今やってきたフローなんだから。







君は君のままでいい。

君のままってことは、どのくらい君でいようなんて考えなくてもいい。好かれようと気遣いの術を撒き散らさなくていいし、嫌われようと魔法をかけなくてもいい。



いやしかし、考えて君でいようとしてもいい。気遣いの術で虜にしてもいいし、嫌われる魔法で嫌われるのもいい。それが唯一の君だから。







大丈夫だよ、ほんとに、もうなんにも、主張しなくていいんだよ。






これが、↑井戸に桶が落ちた時のようにすっとーん!と腑に落ちて、今まで感じたことのない安堵感の今週でした。仕事がやることいっぱいで頭から火が吐きそうでも、、、起きてくることとして、気づくんだなあってことです。







今日も読んでいただきありがとうございました😊