私には酒が必要だった。

多額の生命保険が必要だった。

休暇が必要だった。

田舎の別荘が必要だった。

しかし、私が持っているのは上衣と帽子とピストルだけだった。

私はその三つを身に着けて、部屋を出た。

 

私立探偵フィリップ・マーロウが、事件解決の糸口となる人物を探すために、単身、マフィアのカジノ船に乗り込むときの描写。

 

たった一人ぼっちで、身を守ってくれるものもなく、生きては帰れないかもしれないマーロウの、悲壮な覚悟を描き出す、レイモンド・チャンドラーの圧倒的な文章センスが光ります。

 

ハードボイルドを日本語で言うと「軟派」「硬派」でいう「硬派」に近いのかなと思います。

 

マーロウは、金も、地位も、名誉も、家族もなく、あるのはただ自由と信念のみです。

どこにも属さないから、やりたくないこと(間違ったことなど)を上司に強要されることもなく、引き受けようと思う仕事は引き受けますが、一旦引き受けたくないと言えば、お金や権力でマーロウを動かすことはできません。

 

その代償として、安い依頼料のために、常に命がけな毎日を強いられるマーロウですが、何かを代償にしているからこそ、その自由がかっこよく見えるのだと思います。

これが、大富豪とか国王とか最強の賢者とかだったら何だって出来て当たり前なので、何も持たないマーロウだからこそかっこよく思えるんですね(最近はそうゆう異世界ものも人気ですが)。