死生観? | 浅き夢みし

浅き夢みし

~儚き夢のように日々うつろい~

今日は珍しく、
コメダで、朝ごはんしたよ。


やっぱりあんこがすき❤️




てへおねがい


あたしが想うことは
別に変じゃない。

好きな人は好き。
どうしたいも、もちろんある。
あんなことやこんなこと、
↑これはおっさんニヒヒみたいだから、他の女子とちがうかもクマ

全然当たり前だのクラッカーだ。


何かができるから自分に価値があるわけでなく、めっちゃ、稼げることが、価値があるわけでなく、人気があるから価値があるわけでなく。


何かができる、、=偉い

は親の刷り込み、呪縛、怨念

なわけで。

物理的成長段階では
それを求められるけど、

出来ないからといって価値が減るわけではない。


ただ、できることが、多いと
生きやすいし、勘違いもする。


で、それが、幸せに繋がることも、
そうじゃないことも起こる。


生きていることを難しくしてしまう人もいるし、それは、特性かもしれない。

そうなら、
死にたくなる人は、止められない。


でも、私は、
死ぬことが、悪いことには思わない。

生きて欲しかったは、
残された者のエゴだし。

自殺したら、
辛いところにいくなんて人がいるけど、
私は、本当に神様なんてものがいるなら、

そんなことはしないと思う。

意識が世界を造るなら、
少なくとも、私の世界の神さまは
そんなことはしない。

その人の
生き辛さなんて、
その人にしかわからない。

生きてることが偉いなんて、
誰が決めた?
決めたところで、過ぎていく。
誰だって死ぬ。


過ぎてくことを、
ただ、みつめるしかできない。

見つめる余裕さえ失いながら、
刹那に生きてるだけかもだし、
それさえ、
悪いということではない。

ただ、自分が何を選択するかだ。

結果がいいということが
正解でもないし、価値があるわけでもない。

そう、思うと、
生きてるなんて、ゲームだな、、


もちろん自分で死を選ぶことが悪いと思うことも悪いことじゃない。。


なんで、こんな、話してんのかな(笑)


今日も何もしたくない日みたいだ照れ