はじめから余談。いつからかわからないけれど、月を見るとすごく落ち着くことに気がついた。つきに住んでいたんじゃないかと思うくらい。



就職をしてからは毎日毎日ないている状態で、自分にあわないと言いたかったけれど、逃げだとか、甘いんだって言われるのは分かっているからなんだか複雑な気分のまま過ごしていた。

そんな事が続いていたせいもあり、いろんな人と会ってご飯をおごってもらったり、話を聞いてもらったり。

ミクシーでの出会いはきけんだと思いますか?

私はミクシーでたくさんの人と出会った。もちろんあの頃の私が探していたのはお金持ち。そんな事を言いながらもキャバクラなどには行かずに、ある専門職を地道に続けているのですが。。。

お金持ちの人と、ただご飯を食べるだけですぐに帰るんです。それで私は大満足。美味しい物を食べれたり、いろんな意見や、いろんな人を見ることができたから、今の自分があるのもそのおかげ。

けして無駄にはなっていない。

でも、今考えるとおもしろい。いろんな人がいる。

人ってどの自分が本物なんだろ?そんな事を考えるようになった。地元の友達とか、昔からの知り合いは自分という存在をしっているから、イメージもできている。めずらしいじゃん?そんな服きるの?今日なんかメイク違う?

そんな鏡もってるんだ~

日常の会話にあふれている、私と言うイメージを持つ人の意見。

そんなのに疲れてしまった自分もいた。

私はそれだけが私ではない。私にはもっといろんな私がいる。

そんな事も重なりミクシーでの出会いは私にとってすごくいいものだった。イメージがないから存分に自分を発揮できる。可愛いワンピースやスカートを着たり♪

すごく楽しい。それに高級なレストラン。何度か行くうちにすぐにそんな雰囲気も大好きになった。

美味しい料理に優雅な時間。

だけど何かが物足りない。


とある高級マンションに住む人と出会った。

ほんとうにすんでいるか疑っていると、中を見せてくれた。あの瞬間私は世界のトップクラスを目にした。街ゆくひとを眺めて、高級ブティックを眺め、、、なんだかこの人とこのままいたら、ほんとうに私は変われるのかも、、そんな思いも出てきた瞬間、彼がいったドン引きな一言。

好きだよ。



ん????会ったばかりで好き?

一瞬にして目が覚めた。そしてすぐにさよならした笑


考えてみれば相手も私がそういう軽い女だと思っていたのかもしれない。一体今までどんな人とつるんできたのだろう。きっとずっと真面目に勉強でもし続けて友達が少なくて、大人になりお金持ちになり、それでできた友達と過ごしていて一気にいままでのところから這い上がり始めたんだと思う。

なんだか可愛そう。そして自分も。


ありえないような、もしかしたら何か事件になってもおかしくないような、そんなあぶない橋を何度か渡ってきた自分ですが、いいかげんそんなのはやめようと思った。


自分に自信がないからこそ、相手に求める物が大きくなる。

今の自分をきちんと自分自身が認めてあげることが大切なのかもしれない。




またまた小悪魔発揮な私、、、


初めてのデートでの食事って意外に女性は気になる。それを知っている男性はもちろんドキドキ。

お金持ちの人ならもちろんイタリアンやフレンチがいい~といいますが、、、普通の人ならどうします?

私はご飯を食べるくらいの関係は続けたいと思ったなら、まずどこでもいいアピールをして、ハンバーグが好き~などと、いってみる。

安くすませればおごってくれるという思考回路へとうつるんです。すると男性はチェーン店へ向かう場合もあります。でもここが肝心。

ぜったいにいつも行っているような素振りはしないで、あんまりこないからドキドキするとか、楽しみ~などといいます。もちろんお高い女と思われたらあまり印象がよくないので、変な言い方(男性と初めてチェーン店なんてはいる的な)には十分気をつける。

そしてチェーン店を初めてのデートで選ぶ男性は必ずそこへ何度も行っていても俺もあまり行かないけど、近いしお腹すいたしとりあえず今日はここで、、、みたいな言い方ではいる。

そしてここからがおもしろい。 

一瞬で俺はこのセットで、トッピングがあれとこれで、、、などといい、、、、メニューにはかなり詳しい、、笑

そして、お高い場所では考えられないあのボタン。

店員を呼ぶボタンの場所を一瞬にして見つけ押す。  笑

極めつけは、、、ちょっとトイレ行ってくる、と一瞬にしてトイレの方へいく。笑笑 (行きたくて探していた素振りなどは一切ない時の話)



男性のみなさん。女性は思っている以上に鋭いです。

変に演じるのはやめて、素直に自分らしさをアピールしたほうが印象がいいです。


いい事ってなんですか?悪いことってなんですか?人を助けるのがいいことです。

では、仮に交通事故の現場で人をたすけ、その結果何かの病気に感染してしまったりしたら?

ほんとうに人を助けることは大切?

人を殺してはいけないのに死刑制度があるのはなぜ?

浮気をしないで6年間彼を信じていたのに捨てられた?今までの時間もっといい人と出会えてたかもしれない。


生きているとなんとなく不思議に感じる事が出てくる。子どもの頃はいい事悪いこととして躾られるのでそれにほとんどの子は従う。だけれど、人には知恵を持ち出す人もいる。


悪いことも話し方によっては、いい事になる可能性もある。


一体世の中なにがなんだかわからない。


でも、考え方を変えてみると、やはり正しいことは正しいまま。あの時交通事故で助けていなければ、見ていたのにどうして助けてくれなかったのかと逆恨みされ殺されていたかもしれない。


考え方一つで全ては変わる。もちろんそんな事は誰もがわかっているのかもしれないけれど、実際にピンチの時に落ち着いて考え方を変えるなんて人にはできない。だから、、、、人は迷い、悩み、苦しみ、成長する。


科学とか、研究によって解明されているとか、理屈の問題ではない。


友達は何人います?なんのために一緒にいるかわからないような人とつるんで遊んだ中学時代、モテルために所属していたあのグループ、イケメンと出会うために仲良しのフリをした大学時代、誰彼かまわず知り合いを増やしては紹介してもらおうと、、、もがきまくりの今。


全ての自分は自分。


友達じゃなくなってしまった人もいる。友達と認めたくない人もいる。友達ってなに?


恋をした。すきになった。何かが違う。そんなことはとっくの昔にわかっていても見栄のために付き合っているウジウジし続けている彼。


私はいつからこんなに計算しながら人生を歩んでいるのかな、、そんな悩みも、少しずつ自分を強くしていってくれているはず。


転職続きの自分。泣いてさみしくて辛すぎたときも、今の自分につながるために通らなければならない大きな大きな困難だったのかもしれない。


人と関ることは今までの自分のやり方を否定されることになる場合もある、それがプラスになるかマイナスになるのかは時間という大きな壁によって少しづつわかっていくこと。

だからといって、架空の世界や、妄想にいつまでも浸っていては何も解決はしない。もちろん時には現実から逃げてしまうことも必要になる。



常に選択をしながら進まなければならないの?

今の私は彼を見つけるため、結婚をするために一日でも無駄にはしたくないようなくらいのスケジュールでいろんな人とあっている、、、、これも一つの選択肢。


選択とは、、、?