苦しみの果てに | ピングのつぶやき
不妊治療をとことんやったけれど
ついにリタイアをした友人。

最近出産した私にも
大人の対応をしてくれる人。

先ごろ、長年の強烈な
不妊治療のせいで悪化していた
子宮疾患の手術を決意した。内膜を削る
手術。

でも、当日になって手術をやめてしまった。

医者から、手術を受けると妊娠可能性ゼロになると言われて、

そんなの分かってて、分かりきってて、
もう毎回のリセットでの撃沈とオサラバできるとさえ思ってたのに、

やっぱり手術はできなかったって。

私は彼女の辛い気持ちの
全てを分かってあげられる立場にはない。
むしろ、私の存在など目障りなくらいだろう。
でも、とても胸が痛い。

どうか彼女が将来
この苦しみの果てに、
子供ができなかったことはむしろこの幸せを得る為だったんだわ、と思い、自身の良い人生に納得する日が来ますように。

そう祈ってて
ひとつ思い出したこと。
今から10年前日本の大学院の博士課程にいた時に
10歳上の既婚女性と出会った。彼女は当時40代前半だったと思う。

第一印象はとても何かに疲れた感じ。
体も心も。
何に疲れていたか当時の私にはわからなかった。
ただ、
育休産休充実した職場にいたけれど
意味がなかったからやめて
学生になった、と。これから
研究者目指すよ、遅いって分かってるけど、って言った。

その選択の意味が私には
わからなかった。
何せ彼氏さえいなかったからw
どうして仕事辞めるのさ?
結婚してるから???主婦で気楽なのかな?って。

その時
その彼女は博論のことしか考えてない私に言った。勉強で自己実現する暇があったら子供産みなさいって心から思うよ!って。

その時はちょっと遺憾でした。
今はそれどころじゃねーよとか思った。

今は当時の彼女の気持ちが良く分かる。
きっと壮絶な治療を経験したんだな、、、
悩んで全て捨てて人生の
仕切り直しをしたんだなって。

あれから10年。

彼女は
「年下の先輩たち」と一緒に学び、
立派な博論を書き
博士号を取得して女子大の先生になった。

彼女のような人に教えてもらえる
女学生は幸せものだ。
この苦難の時代に若い人たちに
いつからだってやり直せると
教えられる人が教師であることは
本当に大切なことだ。

彼女の生き方カッコいいって思います。