12月26日 バンコクからカトマンドゥへ そしてパタン観光

 

***まず写真から***

 

今回利用のタイ航空非常に優雅にである。 カトマンドゥ空港にて

 

 

パタンにて 昔の王宮の周りにたくさんのネパール人が集まっている。

 

夜のボダナート 夜も雰囲気があっていい!

 

 

 

 

 

 

タイ航空

 

今回のネパールは、タイ航空でバンコク経由で行ってみた。1回目のネパールはトルコ航空で、悲惨というか最終的にはいい思い出ができ、2回目はシンガポール空港とシルクエアー、3回目の今回は、最近有名なある機種の飛行機を避けるためにタイ航空にした。この選択が、楽しいバンコク滞在をもたらし、さらに楽しい旅にしてくれたのである。

 

タイ航空ありがとう。

 

 

Keikoさんとの再会

 

さて、今回のKeikoさんとの待合場所は、タイの空港である。Keikoさんとのネパール旅行は3回目であるが、いつも待合せ場所が異なっている。1回目は、図らずも、カトマンドゥのの空港。(トルコ航空がまさかの5-6時間遅れのため)2回目はKeikoさんが先にネパール入りをしたので、ナムチェにて。3回目の今回は、バンコクーカトマンドゥ間を同じフライトにしたので、バンコクの空港での再会である。

 

その日は、バンコクの空港で朝食をいただき、地下鉄で空港まで。空港からホテルまでは緊張していたからか、間違わずに2回の乗り換えも問題なかったが、2日の滞在で、心が緩んでいたからか、、、空港までいくのに多少手こずったのである。

 

だが、まあ、ほとんどの人が英語もできるので、人に聞いてなんとか空港までの電車に乗ることができたのであった。

 

バンコクのMRTは、いろんな路線が変に絡んでいて、その度に駅をでて、切符を買わなくてはならない。いろんな鉄道会社が入り組んでいる日本みたいである。シンガポールのMRTのスムーズさとは、異なるのである。

 

空港に到着し、山道具入りの巨大スーツケースを受け取り、荷物を預ける。

 

また身軽になって、出国である。

 

そして、私たちのフライトの搭乗口に心躍らせて向かうのだ。

 

ここ2日間であるが、夏のタイで、だらーーという生活をしてきたので、そんな感じの私になっている。

 

しかしながら、カトマンドゥ行きの搭乗口に来て、多少異質な雰囲気を感じる。そこには、山の格好をした人たちや、ネパール人と思われる人がいて、なんだか非常にネパール感が出ているのである。

 

ここ数日飲んだくれていた自分を多少反省するのである。しかし、ここ数日の飲んだくれは、12月にがんばって働いたご褒美ということにする。

 

何年かぶりに会うKeikoさんをその登場口のエスカレーター付近で、わくわくしながら待っていた。

 

そして、とうとうKeikoさんがエスカレーターから下りてきた。

 

約3年ぶりの再会である!!!

 

話したいことがたくさんあって、何から話したらいいのかわからないが、とにかくKeikoさんと会えてうれしい。そして、アッという間に搭乗時間となる。

 

搭乗した飛行機は、がらがらであった。確かに搭乗口にそれほど人はいなかった。だがしかし、飛行機が大きかったのである。

 

この前の日本行きの際にも、タイ航空はがらがらであった。たぶん赤字路線をそのままにしているからであろう。けど、バンコクーカトマンドゥ間フライトは、私たちには必要路線なので、絶対に残しておいてほしいのだ!

 

やっぱりネパール

 

途中爆睡しながらもなんとか、ヒマラヤを遠目で見て、カトマンドゥの町の混沌さが近づいてきたところで、タイ航空の機体がカトマンドゥに到着した。

 

そして、どんな航空会社で来たとしても、そこはネパールであった。

 

カトマンドゥの空港は、相変わらずである。1回目に来た時に、かなりの時間この場所に滞在したので、非常に馴染みがある。

 

2回目の訪問時にはネットでビザ申請ができるようになっており、3回目の今回も事前にネットで申請をしていた。

 

だがしかし、担当者によって、言うことが異なる。

 

私とKeikoさんは、ネットで事前申請済という全く同じ状態で来たにも関わらず、私はお金を払えと言われ、Keikoさんは、空港にある機械でまたいろんな入力をさせられたという。

 

私は、滞在が2週間を超えるため1か月有効のビザで、その分を払ったにもかかわらず2週間のビザ分の領収書しかくれなかったりと、非常対応がよろしくない。ただの間違いなんだけど、結構すごい間違いである。人がきちんと仕事をしてくれないので、きちんと見張っていなくてはならない。残念ながら、こういうのは疲れるのである。

 

出てきたスーツケースは、なぜだか真っ黒。どこかほこりの上に投げられたのだろうか。

 

しかしながら、とにかく入国した!

 

空港の両替所を横目に、空港をでるとまたいつもの景色が広がっている。タクシーの運ちゃん、客引き?いつもたくさんの人が空港の外で待っている。途上国の空港は、大体どこもこんな感じだ。たぶん一般の人の空港への出入りがかなり制限されているからだろう。

 

パタン観光

 

さて、今日はまだ時間がある。そして、どうやらラジェンドラさんがKeikoさんに、この日は観光でもしてきてくださいと言っていたらしく、本当にいきなりパタンへの観光に行くことになった。というのも、私は今までほとんどカトマンドゥ観光をしていないことをKeikoさんが知っており、パタンに行った方がいいということで、行くことになったのだ。

 

Keikoさんは、もう何度も行っているし、迎えにきてくれたシャキヤさんは、ほんといきなりで、非常に申し訳ないのだが、お言葉に甘えていくことにした。

 

パタンとは、野口健さんの写真を見ていて、なんとなく覚えている名前である。町全体が茶色の雰囲気の古い町というイメージだけがあった。あの場所に行くことができるのは、とてもうれしい。

 

シャキヤさんからは、車の中でもいろんな話をしてくれた。もう3回目の滞在で、ネパールのことは以前の滞在で分かっていたはずなのだが、改めて他の人に言葉で教えてもらうとまた違う学びがある。それから、やはり3年という時間は短いようで、長い。やはりこの国には、定期的に訪れて、この国を再認識するというのが、私には必要だと思ったのだ。

 

特に今回は、日本人が実際に減っているという事実が、とてもかなしかった。シャキヤさんは、日本人向けのガイドさんでもあるし、日本語教師もできるほど日本語が堪能である。彼女曰く、日本人の団体グループ客が減っているというのである。

 

これは、日本人として、とても悲しい事実である。確かに1回目、2回目は、どこかしらで日本人と会って、話をしたが、今回はほとんど日本人と出会うことがなかったのである。

 

ネパール人は、まだ日本で働きたい人がたくさんいるという。シャキヤさんが教える日本語クラスでも日本で働くために日本語を学んでいる人が多いという。ただ、今のネパール人は昔のネパール人ほどきちんと勉強をしていないと嘆いていた。

 

日本の世界的な地位が以前に比べてかなり下がった今でも、まだ日本をいい国だとみなしてくれているネパールの人たちに感謝である。

 

それから、工場などがないネパールでは、やはりまだ出稼ぎが国の重要なある意味輸出産業となっており、それは変わっていなかった。

 

 

シャキヤさんは、実はパタン出身ということであり、非常にパタンに詳しかった。

 

残念ながら、あの地震の際にパタンの建築物がかなり破壊されてしまったのであるが、最近完全に修復されたという。どの建物が修復されたものか教えてもらったが、私には古いものとの区別がつかなかった。それだけ上手に復元されていたのであった。

 

建築物を見て、わーーと思う反面、私が気になっていたのは、ここら辺にいるたくさんのネパール人の人たちと、ここまで歩いてきた道のバイクと車と人のめちゃくちゃ加減である。

 

ここもタメル地区と似た感じの混沌があった。シャキヤさんによるとネパールには、公園など人が集まることができる場所がないので、みんなこういう開けた場所に集まってくるのだという。それから、ここでは、お茶を持ってきて売る人など様々なビジネスも、生まれている。

 

それにしても、ものすごい数の人が集まっていた。天気もよかったからだろうか。

 

それからびっくりしたのは、こういう場所に男女カップル(死語?)で来ると、追い返されるという。ネパールでは、男と女がこういうとこに来てはいけないらしい。ふーん。

 

王宮の中の細かい美しい彫刻に感動したり、古い雰囲気のただようパタンの町並みに、異国に来たうれしさを感じながら、シャキヤさんの後にくっついていった。

 

あるお寺に到着した。このお寺は、この地区の人たちで守っているお寺で、この地区の人たちは、順番でお寺に1か月住んでお寺を守らなくてはならないというのである。ちょうどこの日は人の交代があったらしく、新米の住職?らしき親子が白い服を来て、人からいろんなことを教えてもらっている雰囲気であった。

 

いろんな(余計な?)仕事があって、大変である。この時は、仕事にも行けないらしい。

 

それから、パタンのクマりにも会わせていただいた。クマリとは、生神様で初潮前の女の子である。私は、クマリとはネパールで一人だけだと勝手に思っていたのであったが、実はパタンにもクマリがいらっしゃったのである。

 

私たちが初めに行った時間は、クマリは勉強中ということだったので、会えなかったが、遅めの時間に行って会うことができた。クマリよりは、ティカ(おでこの真ん中つける赤い印)をつけてもらった。彼女の部屋は、贅沢でもなんでもなくとても質素な感じ。この国にクマリがたくさんいることは、本当に必要なのかよくわからない。小さいころから神様だと思われて大事にされてきた女の子が何人かいるのだ。彼女らは、どんな大人になるのだろう。それにしても、ネパールは、クマリとか、高僧の生まれ変わりとか、そういう人がいろんなところにいる。

 

クマリのご家族も、このお寺に一緒にいて、クマリの妹の子がくるくると遊びまわっていて、とてもかわいかった。

 

その後は、シャキヤさんのご実家付近にも立ち寄り、仏像の絵付けをしている様子をみせてもらったりした。シャキヤさん曰く、パタンは仏像の町で、ネパール中の仏像を作っていると言っていた。その後どこのお土産もの屋さんでも、これはパタン製だろうかと思ってしまうのであった。

 

パタンは、カトマンドゥからほんの20分ぐらいの町だが、いろんな古いことがまだまだたくさん残っている。

 

ギャコク&夜のボダナート

 

そして、ディナーは、ラジェンドラさんたちとギャコク!ギャコクとは、チベットの鍋料理のことである。実は、もう何回もいろんな場所のギャコク連れて行ってもらい、ギャコク大好き人間になっている。

 

ギャコクには、あらゆるもの、豚肉、鶏肉、卵、春雨、野菜などなどが入っており、冬には最高の料理である。

 

そして、その後はギャコクをいただいたホテル近くにあるボダナート探索である。この前は朝に来たが、夜のボダナートもかっこいいのである。夕食後のちょうどいい散歩になったのだ。

 

ボダナートでは、この曲がいつも流れている。この曲結構好みである。

 

そして、この間中ティカ(かなり強烈なおでこの赤い印)をつけたまま。けど、誰も何も言わなかった。

Keikoさん曰く、ネパールでは普通だと。