12月27日

高度順応日

トレーニング

今日は、高度順応日のため、ディンボチェにもう一泊である。

高度順応日とはいえ、ロッジでじっとしているわけではなく、一般的には、ディンボチェの村の丘というか山に登ることになっている。

Keikoさんの状態がやはりそれほどよくないこと、それとものすごい風だったので、9時半ぐらいまではロッジで、うだうだしていた。

そして9時半ぐらいに、私だけ散歩に行くか!ということになり、デンディジーと私の2人でみんなが登っている山方面に向かっていった。他の登山客は、もう8時、9時くらいから登りはじめているために、かなりの人がはるか上の方に見える。ここは、ジグザグのきつい登りであり、とてもトレーニングに適している感じである。この山があるから、ディンボチェは高度順応日に使われるのではないかと思うほどである。

この登りが結構きつかった。ディンボチェの村で、既に4410mあり、富士山より高い高度にいる。(富士山って、高度を説明する時ほんと便利~)私はどうやら、高度による体への打撃、影響が、平均よりも少ないようではあるが、(深刻なのは、顔のむくみだけ~♪)それでもきつい。

はあはあと息がきれる。ちょうどマラソンしているような呼吸法になるのだ。これは、キリマンジャロの時も一緒であった。高度が高い所で、歩くと平地でマラソンをしているような呼吸になるのだ。
そのため、高い山に行く前の、私にとっての最適なトレーニングはマラソンであると、キリマンジャロの経験から勝手に信じている。

科学的な根拠はゼロであるが、キリマンジャロの時もネパールの時も、苦しい時はマラソンの呼吸法になっている。そのため、平地でマラソンをするということは、その訓練になるのではないのだろうか。

山に行く人たちは、自分なりのトレーニングを続けている人が多い。そして、そのトレーニングとは2つの重要な意味があると思う。

まず1つ目は、実際に自分の体をフィジカルに、実際に鍛えるということである。これにより、きつい山道でも、高度が高い場所にても、それを乗り切る体力を培うのである。

そして2つ目は、事前に自分の決めたトレーニングをこなし、それをこなしたという自信をつけるためである。これは、1つ目と比較するなら、自分をメンタル的に鍛えるというべきか。

登山は、登山計画、トレーニングの計画をした時点で既に始まっているのだ。

あいつには行く前に、

「大丈夫。登頂する。」

と断言して、出発してきた。

私は、登山のこのプロセスも好きなのだ。これは、登山に限らずどんなスポーツ、ビジネスにおいても同じであるが、何か目標があり、集中して、それに向かうこと。それがとっても気持ちがいいことなのだ。この目標があるだけで、人生がとっても楽しいものとなる。

そしてその目標が高ければ高いほど、そのトレーニング、努力がつらければつらいほど、目標を達成した時の喜びというのが大きいのだ。それに、何か目標を達成した時には、自分は成長しているのだ。

と偉そうなことを書いたが、私はそれほどすごいトレーニングをしたわけではない。それに、今回のネパールトレッキングは、エベレストに登るわけでもないしい、客観的に見てものすごく高い目標だったわけでもない。ネパールトレッキングで、カラパタールとゴーキョとは、超メジャーな目的地である。おまけに、既に書いているように、ポーターくんたちに荷物を持ってもらっている。

参考までに、私が続けていたトレーニングとは、1.5キロの登りの角度をつけたウォーキングマシーンで早歩きすること、1.5キロをマラソンすること、30分の平泳ぎ(それもそれほど早くない・・・)だけである。実は、キリマンジャロの時もこの程度で何とかなったので、今回もそれを踏襲した。

追記)忘れていたが、キリマンジャロの時にKeikoさんに教えてもらい、パワーブリーズを買った。今回は、これもそこそこやっていた。

私が持っているのはこれ

POWERbreathe (パワーブリーズ) クラシック スポーツ (重負荷)/POWER BREATHE(パワーブリーズ)

¥4,200
Amazon.co.jp


ただ、自分の決めたトレーニングメニューをこなし、行く前には、今回のピークは登れる自信がついていた。

さて、私は、デンディジーと一緒に出発はしたが、今日どこまで登るのか聞かされていなかった。そして、登るにつれて、更に風が強くなってきた。今日も、ルクラ線は飛ばないんだろうなと他人事のように思っていた。

途中で、デンディジーとあのチョルタンまで行ったら帰ろうかなどと話しながら、ゆっくり登り、そのチョルタンまで到着した。見上げると、かなりの人が私の上の方を歩いている。それを見ると、私もその辺まで行ってみたくなるのだ。

「あの岩まで行きたい。」

とぽつりとデンディジーにお願いし、その岩まで登った。

上を見ると、まだ上に人がいる。

「この山の道は分かりやすいから、一人で上まで行ってくる。」

と言うが、

「危ないからだめです。」

と却下される。

いやいや、このジグザグ道は、分かりやすいし、この程度なら大丈夫と思うが、シェルパの言うことは聞いた方がいい。それに、更に、風が強くなってきた。

空には、風の影響か、雲が美しい模様になっている。

かなり悔しかったが、この風の中、シェルパの言うことまでも振り切って、登るものではないと思ったので、デンディジーと下ることにした。

それでもこの時点でも結構な標高まであがったはずだ。そして、今日の苦しい登りの経験が、これから迎えるカラパタールまでの道で生きることとなる。

どこでも輝く人になる

ディンボチェのロッジでは2泊したために、そこにいる従業員を目にする機会も多い。今回、いいなあっと思ったのは、ディンボチェのロッジで働いているある一人の少女の働きに関してである。

とにかく彼女は、いつも何かに「気づく」のである。

例えば、「このテーブルちょっと汚れてる。」と思うと、いつの間にか彼女が来て、せっせとそのテーブルを拭いている。その汚れとは、よーくみないとわからない程度の汚れである。

「ストーブの火力が弱くなったなあ。」と思うと、彼女が燃料のゾッキョの糞をストーブに入れ始めるといった具合である。

そこそこの従業員がいたのに、「気づき」が必要な仕事をしているのはなぜか彼女なのだ。

そして、いつも明るくて、彼女がいると空気が良く変わるのである。シェルパ達とも仲がよいらしく、若いけれども、なんだかみんなのお母さんっぽい感じになっている。

彼女を見ていて、人間はどこでも、どんな場所でも、輝ける人は、輝いているのだと。同じ仕事でも、輝いている人がやると全然違うレベルの仕事になるということ。

こんなことは、仕事をしている時に、よく理解していたことであるが、彼女がくるくる、テキパキと働いているのを見て、思い出してみた。

やっぱりどんなことでも一生懸命、その人の全力を尽くして、こなすこと。それが大切だ。どうせ同じ時間を費やすのなら、周りをプラスの空気に変える、他の人を幸せにするよい仕事をしたいものだ。と現在無職の私が呟いてみた。

今日は、新たな登山客がやってきた。彼はスロベニア人で、シェルパはいるが登山客としては1人である。彼によると、飛行機はしばらく飛んでおらず、彼は仕方なくヘリでルクラまでやってきたという。今まで他人事であったが、本当に飛行機が飛んでないんだという事実を実感した。

それとこの人は、なんだかそこら辺の登山客とは、一線を画する方だった。まずスロベニアからネパールに一人でやってくるというその行為自体が、スロベニアの一般的な人からかなり逸脱している。

それから、この方はとても国際化された人であった。当然、英語がきちんと話せる以上に、自分の国以外の人たちと接する方法を得ているのである。相手の多様性も、受け入れて、他の人種と会話ができる人であった。
このような人と話すのは、とても勉強にもなるし、何といっても、たまに感じるアジア人を小馬鹿にするような西洋人の雰囲気が一切なく、気持ちがいいのだ。日本に行ったことがないと言っていたのに、

「こんにちは~」

とか知っていた。まあ、それほど長い間、話し込んだわけではないが、トレッキング中に出会った人の中で、見習いたいなあと思った方々のうちの1人である。

それから、夜にはとってもよいことが。なんとKeikoさんが夕食を食べることができたのだ。このうれしい出来事により、カルマジー、私、デンディジーみんながハッピーになる。

Keikoさんの高度順応ができたと、その時私は信じた。


吹き荒れる風のなかのチョルタン





おそらくものすごい強風で、雲が素敵な模様に





朝のお茶: 7:00
朝食: 8:00
ランチ:13:00
夕食: 18:00 

泊った宿:Dingboche Guest House