駐車場近くまで降りてきたところ。
これからまた2800mまで登るなんて、信じたくないけど、休憩中。荷物に注意を払う余裕もなく、ほっぽったまま。
氷河へのフラワーロード。まじ、、、きれい。
黄色のお花畑。
ここまでは、なんとか写真もあり。これ以降写真を撮る気力もなくなってくる。
まだ残ってる雪渓。雪渓を横切った。あいつが無事に落ちないで、渡れるか少し心配してあげた。
やっとこ駐車場まで降りてくると、たくさんの車と人が氷河を見に来ていた。
おお、
確かにここから見る氷河は素晴らしい。なんだか氷河ってとてもみんな大事にされている。
日本はもともと氷河がないから、そんなにありがたい意識ってなかったけど、ヨーロッパに来ると彼らが氷河を本当に貴重なものとして扱い、敬い、尊いものとみなしているのを感じる。
ここでは、ドリンクを売っていたので、私は水を購入。あいるはリンゴジュースを購入。あいつは炭酸を期待していなかったのに、炭酸が入っていた模様。
かわいそうに。ここなら冷えているのがあるのではないかと期待した私がバカだった。冷えてもなくそこらへんに並べてあったペットボトルの水であった。
そしてもう5時ぐらいなりそうだったが、お昼の残りのサンドイッチも食べて、栄養、水分補給もし、本日の宿に向けて出発。
あの氷河のすぐ脇に山小屋が見えた。ゴールが目に見えているのは、少々うれしい。
だがしかし、このゴールは歩いても歩いてもなかなか近くならなかった・・・・・。
しかし、今日の宿はあの山小屋。とにかく歩くしかない。そして、ここらへんでスイスの標識の歩行時間の約2倍かかることが、わかってきたので、標識の約2倍、2-3時間はかかるだろうなあとは予想していた。
途中よたよたしながら歩いていると降りてきたおっさんに、
”Still long way to Hut ”
と言われる。
うーーん。よーくわかった。ありがとう。
その頃は、もう自分が登ることだけで精いっぱいだったのであいつのことなどそれほど気にしていなかった。
しかし、どうやらあいつもかなりこの登りにやられていたようだった。
あいつは、元来歩くという行為をほとんどしないやつなのだ。
通勤は家から会社まで車。ジムでも泳ぐのがメインである。
それなので、事前にあいつには、今回は結構歩くから一応マラソンもしておけと言ったのに、その対策は何もしなかったらしい。
いつもは私の前をスタスタと歩き、私が歩くのが遅いと文句を言うあいつが、なんと私より遅れているのである。
けれども私もあいつをかまっている余裕が全くなかったので、ほっておいた。
この道は、主に黄色の花々で埋め尽くされた本当に素晴らしい登山道であったが、途中から写真を撮る気力も喪失し、もくもくと歩いた。
しばらくして、雪渓が残っている池に差し掛かった。あいつは大丈夫か。雪渓に喜んで、うっかり池に落ちてしまわないか少々心配になる。
まあ大丈夫だろう。
ということでやはりほっぽらかすことにした。
少し前には、子供を連れた団体がいた。あんなちっちゃい子までが一緒に来ている。鎖場やロープの所で少々時間をくっているようだった。
登山道には、その団体と私たちぐらいしかいない。時間はもう7時近くだろうか。
歩いても歩いてもなかなか近くならなかった山小屋が今度は見えなくなった。そして、今度は歩いても歩いても小屋が見えないのだ。
そしてヨーロッパの夏は日が長いため、7時になってもまだ太陽の勢いは衰えずに、日陰さえない。
この太陽にもすっかりやられていた。あいつも、”ひかげーーー”と光から逃れるように、岩陰に隠れたりしている。
それにしても。
苦しい。
暑い。
小屋はまだか。。。
あの団体は、ロープの個所を過ぎるとすたすたーと上の方まで行ってしまった。私たち、あの子供たちに完全に負けた。
それでもゆっくり足を前に進めていると、やっとこさ小屋が目の前に出現した。
ここを歩いていてZermatt近くのシェーンビューンヒュッテに行くまでの道を思いだした。
私の方が先に小屋に到着した。そして受付を探すが、どうやらみんなの夕食の時間となり、小屋の人たちは食堂の方に行ってしまっているらしい。
小屋のシステムはよくわからなかったが、勝手にサンダルにはきかえたり、ザックを置いたりしてみた。
そしてあいつを待つ。
かなりたってから、疲れ切ったあいつが到着した。
途中で、なんでこんなとこでこんな辛い思いをしているのかわからなくなったという。そして、今日はここで野宿をした方が楽ではないかとか考えてたという。
そうかい。
あんたでもそんなこと思う時があるんね。
もう夕食が始まっていたので、とりあえず食堂に行って、今到着したと小屋の人に言ってみた。
まず予約を確認して、明日のピクニックのことまでチェックしてくれた。
そしてさっき到着したあの子連れ団体と同じテーブルに行けと言われた。
よろよろしながら二人でそのテーブルに向かう途中・・・、アジア人が珍しいのか、結構きつい視線を感じた。
ジャップはウエルカムじゃないのかなあ・・・。
いろんなブログとかでは、この山小屋に宿泊するツアーとかあったのに。今日はアジア人は私とあいつだけ。
あの団体の横にちょこんと座らせてもらい、山小屋ディナーが始まった。他の人が飲んでいるビールがあまりにもおいしそうだったので、私もいただくことにした。あいつは、登っている時からしゃっくりがでていたらしく、ビールを買おうとあいつ言ったにもかかわらずほとんど飲まず。なので私が飲んだ。
山小屋メニューは、まずスープ。これがまたほっとするのだ。それからサラダ、メインはマカロニグラタンだった。なんだかとってもおいしい。このぼろぼろどろどろになったところで、ビール+夕食というのが最高なのだ。
そして山小屋ならではのもう一つの楽しみ。
山小屋は基本は、全て相席、相部屋なので、嫌でも他の人とコミュニケーションしなくてはならないのだ。
あの団体の人たちは、なんとZinal近くの山小屋のオーナー家族だったのだ。
実は、その山小屋に今回行くかどうか非常に迷ったのであるが、やはり去年の続きを歩くということを優先させて、行くのをあきらめた所だった。
そしてその子供たちがとてもかわいく、まず小さい子が私たちに向かって
”コンニチハー”と話しかけてきたのだ。
二人で、まじびっくり。
私たちが日本人とわかったこと、そしてこんにちはをしていたことにびっくり。
そして、なんだかとてもうれしい。
二人でうれしくなり、フランス語と日本語と英語のごちゃまぜわけのわからない会話をする。
あの小さい子が日本語を覚えようとがんばる姿勢がとてもかわいすぎ。
そしてなんだかとっても素直な目。
あー、かわいい。きっといい環境で、まっすぐ育てられているんだな。
お母さんも、お父さんもほんと人種差別もしない、いい人だった。お父さんはあの山小屋のオーナーという。
今度絶対に行ってみよう。
ちなみにここよりは、楽にこれると言っていた。
食後に、やっと部屋の場所を教えてもらった。
この山小屋は、いろんな意味で非常に進んでおり?予約はネット予約のみ。そしてよくわからなかったのだが、ドミトリーではなく、4人ベット部屋を予約しておいたのだ。おそらくドミトリーよりはよい部屋だろうとふんだのだが、たぶん当たっていたのだろう。
その部屋は4つのベットだけで、ベットの前には、ベンチもあり、ベットの横には、ザックを入れる十分なスペースがある。帽子や合羽をかけるフックもあり、非常にきれいで、非常に快適。
日本も含めてこの山小屋が今まで宿泊した小屋の中で、おそらく一番新しく、きれいで、機能的な山小屋であったと思う。
廊下やトイレの電気は、人感知センサー(っていうのかな??)がついてて、自動。
そしてうれしいのが、トイレスペースが非常に広い個室なのだ。これだと着替え等も楽々なので、かなりうれしい。あときれいなシャワーもあった。(しかし、シャワー使う気力なしのため、使用せず・・・明日は町だし。)
4人部屋を2人で使えるのかなあなんて甘い期待を胸に入ると2人の人が既にいた。
まあ、そうだよね。
そして挨拶をして、いきなり話しこんでしまった。
彼らは、スイス人の親子であり、今回は親子で初めての山旅ということだった。お父さんの方はよく山にいくらしいが、今回初めて息子を連れてきたということ。
そして、まず私たち日本人がこんなとこまで来ていることに、真剣にびっくりしていた。
そして、この素晴らしい氷河をこんな近くで見えるこここそが”Real Swiserlandだ!”と語っていた。そしてたくさんの日本人が、ユングラフヨッホやZermattの人ごみにいて、それでは本当にスイスを体験することはできないと言っていた。
そんなこと言ってくれるとうれしいねえ。ほんとに。
そしていつも思うのだが、スイスの山小屋で出会うスイス人というのは、ほとんどみんなちゃんとした英語を話し、日本人に対してそれほど人種差別的な感情を抱いていない。むしろ日本人に対して好意的なのではないかと印象を受ける。イギリスと比較してという印象かもしれない。
それは、スイス国内に走る車を見ても感じる。スイス国内に入った途端、日本車の割合が非常に高くなる。
まあフランス、ドイツは各国産メーカーが乱立しているからということもあるかもしれないが。
スイスの人は、いろんなものを公平見て日本車を選んでくれたのだと信じる。
話しはそれたが、そのスイス人の親子(といってもほとんどお父さんの方)となんだろう、この周辺のトレッキングのこと。そのお父さんが好きなスイスの山を教えてもらったり、スイスは天気がいい時にふらっと山に行けて本当にいいとか自慢される。(真剣にうらやましいことだ。けどこれは日本でも同じ~。)
お父さんはこの近くにエーデルワイスがたくさん咲いていたと言っていたが、あいつは興味がないはずなのに、話しを聞いていた。そう、表面(オモテヅラ)はいいのだ。
へえ。エーデルワイスが咲いているんだ。この辺に。来る時は、全く気づかなかった・・・。それどころじゃなかったし。
一通りなんだか、ぐちゃくちゃしゃべって、寝ることになる。けど、フックがある場所教えてくれて自分たちのをどけてくれたり、なんていうのか、人間としての品格がある人たちだった。
スイスは、人を思いやる人、外国人も含めて他人を大切にする人が多いと思う。文明っていうのなかな、人の品がある国だと思う。
そしてどろどろに疲れていたので、そのままベットに直行し、朝まで大爆睡。これが、山歩きの楽しみの一つ。この睡眠がとてもとても心地よいのだ。
疲労困憊しているあいつにベットの下の段を譲り、ベットの2階で寝てあげる。柵がないので、少々怖かったが、棚などもあり、本当に快適。ベット脇の柵、ほしかったな。
これからまた2800mまで登るなんて、信じたくないけど、休憩中。荷物に注意を払う余裕もなく、ほっぽったまま。
氷河へのフラワーロード。まじ、、、きれい。
黄色のお花畑。
ここまでは、なんとか写真もあり。これ以降写真を撮る気力もなくなってくる。
まだ残ってる雪渓。雪渓を横切った。あいつが無事に落ちないで、渡れるか少し心配してあげた。
やっとこ駐車場まで降りてくると、たくさんの車と人が氷河を見に来ていた。
おお、
確かにここから見る氷河は素晴らしい。なんだか氷河ってとてもみんな大事にされている。
日本はもともと氷河がないから、そんなにありがたい意識ってなかったけど、ヨーロッパに来ると彼らが氷河を本当に貴重なものとして扱い、敬い、尊いものとみなしているのを感じる。
ここでは、ドリンクを売っていたので、私は水を購入。あいるはリンゴジュースを購入。あいつは炭酸を期待していなかったのに、炭酸が入っていた模様。
かわいそうに。ここなら冷えているのがあるのではないかと期待した私がバカだった。冷えてもなくそこらへんに並べてあったペットボトルの水であった。
そしてもう5時ぐらいなりそうだったが、お昼の残りのサンドイッチも食べて、栄養、水分補給もし、本日の宿に向けて出発。
あの氷河のすぐ脇に山小屋が見えた。ゴールが目に見えているのは、少々うれしい。
だがしかし、このゴールは歩いても歩いてもなかなか近くならなかった・・・・・。
しかし、今日の宿はあの山小屋。とにかく歩くしかない。そして、ここらへんでスイスの標識の歩行時間の約2倍かかることが、わかってきたので、標識の約2倍、2-3時間はかかるだろうなあとは予想していた。
途中よたよたしながら歩いていると降りてきたおっさんに、
”Still long way to Hut ”
と言われる。
うーーん。よーくわかった。ありがとう。
その頃は、もう自分が登ることだけで精いっぱいだったのであいつのことなどそれほど気にしていなかった。
しかし、どうやらあいつもかなりこの登りにやられていたようだった。
あいつは、元来歩くという行為をほとんどしないやつなのだ。
通勤は家から会社まで車。ジムでも泳ぐのがメインである。
それなので、事前にあいつには、今回は結構歩くから一応マラソンもしておけと言ったのに、その対策は何もしなかったらしい。
いつもは私の前をスタスタと歩き、私が歩くのが遅いと文句を言うあいつが、なんと私より遅れているのである。
けれども私もあいつをかまっている余裕が全くなかったので、ほっておいた。
この道は、主に黄色の花々で埋め尽くされた本当に素晴らしい登山道であったが、途中から写真を撮る気力も喪失し、もくもくと歩いた。
しばらくして、雪渓が残っている池に差し掛かった。あいつは大丈夫か。雪渓に喜んで、うっかり池に落ちてしまわないか少々心配になる。
まあ大丈夫だろう。
ということでやはりほっぽらかすことにした。
少し前には、子供を連れた団体がいた。あんなちっちゃい子までが一緒に来ている。鎖場やロープの所で少々時間をくっているようだった。
登山道には、その団体と私たちぐらいしかいない。時間はもう7時近くだろうか。
歩いても歩いてもなかなか近くならなかった山小屋が今度は見えなくなった。そして、今度は歩いても歩いても小屋が見えないのだ。
そしてヨーロッパの夏は日が長いため、7時になってもまだ太陽の勢いは衰えずに、日陰さえない。
この太陽にもすっかりやられていた。あいつも、”ひかげーーー”と光から逃れるように、岩陰に隠れたりしている。
それにしても。
苦しい。
暑い。
小屋はまだか。。。
あの団体は、ロープの個所を過ぎるとすたすたーと上の方まで行ってしまった。私たち、あの子供たちに完全に負けた。
それでもゆっくり足を前に進めていると、やっとこさ小屋が目の前に出現した。
ここを歩いていてZermatt近くのシェーンビューンヒュッテに行くまでの道を思いだした。
私の方が先に小屋に到着した。そして受付を探すが、どうやらみんなの夕食の時間となり、小屋の人たちは食堂の方に行ってしまっているらしい。
小屋のシステムはよくわからなかったが、勝手にサンダルにはきかえたり、ザックを置いたりしてみた。
そしてあいつを待つ。
かなりたってから、疲れ切ったあいつが到着した。
途中で、なんでこんなとこでこんな辛い思いをしているのかわからなくなったという。そして、今日はここで野宿をした方が楽ではないかとか考えてたという。
そうかい。
あんたでもそんなこと思う時があるんね。
もう夕食が始まっていたので、とりあえず食堂に行って、今到着したと小屋の人に言ってみた。
まず予約を確認して、明日のピクニックのことまでチェックしてくれた。
そしてさっき到着したあの子連れ団体と同じテーブルに行けと言われた。
よろよろしながら二人でそのテーブルに向かう途中・・・、アジア人が珍しいのか、結構きつい視線を感じた。
ジャップはウエルカムじゃないのかなあ・・・。
いろんなブログとかでは、この山小屋に宿泊するツアーとかあったのに。今日はアジア人は私とあいつだけ。
あの団体の横にちょこんと座らせてもらい、山小屋ディナーが始まった。他の人が飲んでいるビールがあまりにもおいしそうだったので、私もいただくことにした。あいつは、登っている時からしゃっくりがでていたらしく、ビールを買おうとあいつ言ったにもかかわらずほとんど飲まず。なので私が飲んだ。
山小屋メニューは、まずスープ。これがまたほっとするのだ。それからサラダ、メインはマカロニグラタンだった。なんだかとってもおいしい。このぼろぼろどろどろになったところで、ビール+夕食というのが最高なのだ。
そして山小屋ならではのもう一つの楽しみ。
山小屋は基本は、全て相席、相部屋なので、嫌でも他の人とコミュニケーションしなくてはならないのだ。
あの団体の人たちは、なんとZinal近くの山小屋のオーナー家族だったのだ。
実は、その山小屋に今回行くかどうか非常に迷ったのであるが、やはり去年の続きを歩くということを優先させて、行くのをあきらめた所だった。
そしてその子供たちがとてもかわいく、まず小さい子が私たちに向かって
”コンニチハー”と話しかけてきたのだ。
二人で、まじびっくり。
私たちが日本人とわかったこと、そしてこんにちはをしていたことにびっくり。
そして、なんだかとてもうれしい。
二人でうれしくなり、フランス語と日本語と英語のごちゃまぜわけのわからない会話をする。
あの小さい子が日本語を覚えようとがんばる姿勢がとてもかわいすぎ。
そしてなんだかとっても素直な目。
あー、かわいい。きっといい環境で、まっすぐ育てられているんだな。
お母さんも、お父さんもほんと人種差別もしない、いい人だった。お父さんはあの山小屋のオーナーという。
今度絶対に行ってみよう。
ちなみにここよりは、楽にこれると言っていた。
食後に、やっと部屋の場所を教えてもらった。
この山小屋は、いろんな意味で非常に進んでおり?予約はネット予約のみ。そしてよくわからなかったのだが、ドミトリーではなく、4人ベット部屋を予約しておいたのだ。おそらくドミトリーよりはよい部屋だろうとふんだのだが、たぶん当たっていたのだろう。
その部屋は4つのベットだけで、ベットの前には、ベンチもあり、ベットの横には、ザックを入れる十分なスペースがある。帽子や合羽をかけるフックもあり、非常にきれいで、非常に快適。
日本も含めてこの山小屋が今まで宿泊した小屋の中で、おそらく一番新しく、きれいで、機能的な山小屋であったと思う。
廊下やトイレの電気は、人感知センサー(っていうのかな??)がついてて、自動。
そしてうれしいのが、トイレスペースが非常に広い個室なのだ。これだと着替え等も楽々なので、かなりうれしい。あときれいなシャワーもあった。(しかし、シャワー使う気力なしのため、使用せず・・・明日は町だし。)
4人部屋を2人で使えるのかなあなんて甘い期待を胸に入ると2人の人が既にいた。
まあ、そうだよね。
そして挨拶をして、いきなり話しこんでしまった。
彼らは、スイス人の親子であり、今回は親子で初めての山旅ということだった。お父さんの方はよく山にいくらしいが、今回初めて息子を連れてきたということ。
そして、まず私たち日本人がこんなとこまで来ていることに、真剣にびっくりしていた。
そして、この素晴らしい氷河をこんな近くで見えるこここそが”Real Swiserlandだ!”と語っていた。そしてたくさんの日本人が、ユングラフヨッホやZermattの人ごみにいて、それでは本当にスイスを体験することはできないと言っていた。
そんなこと言ってくれるとうれしいねえ。ほんとに。
そしていつも思うのだが、スイスの山小屋で出会うスイス人というのは、ほとんどみんなちゃんとした英語を話し、日本人に対してそれほど人種差別的な感情を抱いていない。むしろ日本人に対して好意的なのではないかと印象を受ける。イギリスと比較してという印象かもしれない。
それは、スイス国内に走る車を見ても感じる。スイス国内に入った途端、日本車の割合が非常に高くなる。
まあフランス、ドイツは各国産メーカーが乱立しているからということもあるかもしれないが。
スイスの人は、いろんなものを公平見て日本車を選んでくれたのだと信じる。
話しはそれたが、そのスイス人の親子(といってもほとんどお父さんの方)となんだろう、この周辺のトレッキングのこと。そのお父さんが好きなスイスの山を教えてもらったり、スイスは天気がいい時にふらっと山に行けて本当にいいとか自慢される。(真剣にうらやましいことだ。けどこれは日本でも同じ~。)
お父さんはこの近くにエーデルワイスがたくさん咲いていたと言っていたが、あいつは興味がないはずなのに、話しを聞いていた。そう、表面(オモテヅラ)はいいのだ。
へえ。エーデルワイスが咲いているんだ。この辺に。来る時は、全く気づかなかった・・・。それどころじゃなかったし。
一通りなんだか、ぐちゃくちゃしゃべって、寝ることになる。けど、フックがある場所教えてくれて自分たちのをどけてくれたり、なんていうのか、人間としての品格がある人たちだった。
スイスは、人を思いやる人、外国人も含めて他人を大切にする人が多いと思う。文明っていうのなかな、人の品がある国だと思う。
そしてどろどろに疲れていたので、そのままベットに直行し、朝まで大爆睡。これが、山歩きの楽しみの一つ。この睡眠がとてもとても心地よいのだ。
疲労困憊しているあいつにベットの下の段を譲り、ベットの2階で寝てあげる。柵がないので、少々怖かったが、棚などもあり、本当に快適。ベット脇の柵、ほしかったな。




