カランガキャンプ(4033m)
バラフキャンプ(4673m)
夜に頂上へ

今日の朝は最高の雲海だった。こんな素敵な雲海を見たのは、久しぶり、もしくは今までの中で最高だったかもしれない。

教えてくれたkさんに大感謝である。

外国人はみんな見とれて、写真を撮りまくっていた。

今日の夜はいよいよサミットに向けて出発だ。とうとう、とうとう、この日がやってきた。

まず朝食後に、バラフキャンプまで行く。そこで、ランチ、仮眠、夕食、仮眠、夜中に出発となる。

私は、もともと夜は寝なくてはいけない人なので夜歩くというのはあまり好きではないのだ。
だがしかし、なぜかキリマンジャロのサミットや富士山に行く人たちというのは、夜中に出発する。
いったいどうしてだろう。

というのは、まあご来光を見るためなんだろうが。

私にとっては、初めての夜登山。いったいどうなるのだろうか。

まだ雲海がきれいなカランガを後にして、バラフキャンプへと向かう。
昨日散歩した道をまた登り、上へ上へと進んでいく。
途中から道が緩やかになる。

バラフキャンプに到着後、なんだか頭がくるくるしてきた。キャンプ内を自分たちのテント場所まで歩いているときに、なんだか魂が抜き出て、ふわふわしている感じだった。

バラフに到着してからは、なんだか歩くのが一番遅れだし、とてもきつかった。 なんだかやっとの思いで、テントに到着した。

まあ、酸素が地上より少ないのだから仕方がない。
バラフの管理人小屋で、宿泊のサインをしていると、東洋系の人と目があった。
日本人かよくわからなかったが、日本語で話しかけてくれたので、日本人だとわかった。
彼女は昨日の夜に頂上に向けて出発し、今(午後1時)にバラフに戻ってきて、これから下のキャンプへ向かうということだった。

彼女のツアーは日本人がいないグループのようだった。
だが、この時間にここに戻ってくるということは、かなり遅めだ。
おまけにこの時間から次のキャンプへ下るのも、かわいそうだ。

24時間後私たちはどうなっているのだろう。どこにいるのだろうか。

早速バラフキャンプで食事して、夜に向けての仮眠に入る。けど、少しするとまた夕食のために起こされる。

夕食いらないからゆっくり寝かせてもらえないかなとなんとなく思う。

夕食までの時間は、この標高でも爆睡できた。よしこの調子で、夜の出発まで、しっかり寝て備えるぞと決心する。

だがしかし、夕食後はさすがに緊張しているのか、ほとんど寝ることができなかった。

そして、とうとう、夜10:30マイコが起こしにきた。
マイコは多忙だ。モーニングコール、ティータイムコール、朝のティー、ウエイター、お湯準備、そして普通のポーター同様に、荷物も運ばなくてはいけない。

おまけに今日はサミットまでもかりだされる。

ポリッジとトーストを食べてから、サミットに向けて出発だ。

ジャスティンは、夜11:30出発厳守という。5分たりも遅れるなとその気迫が怖い。

ジャスティンは時間にめちゃくちゃ正確なのだ。

おお。絶対に遅れることなどできない。

このジャスティンの気迫に負けじとみんな11:30前には、準備完了して、集まった。

エドワードが荷物を何も持っていない。ジャスティンも小さなウエストポーチぐらいしかもっていない。彼らは、私たちに、水を死ぬほど飲めと豪語しておきながら、自分たちはこのサミットまでの道で何も飲まないのか?

ふとエドワードに聞くと、他のポーターが水を持っているからという。

だがしかし、、、、後で気づくのであるが、彼らが手ぶらであったのは、私たちの荷物を持つためであったのだ。

そんなこともこの集合の際に、気づかないなんて。とりあえず高山病のせいにしておこう。

11:30少し前に私たちグループは出発した。

まず先頭ジャスティン、Kさん、私、Rちゃん、Yさん、エドワード、ポーター2名の順番だ。

高山病で苦しんでいるKさんのことをみんな気づかっている。

そしてそのKさんの絶対についていくという気迫もすごかった。
普段は、品のある穏やかなKさんから、着いていくという気迫があふれているのだ。

私なんて、苦しくて、自分勝手に水を飲み、たまにもうだめと岩に座り込んだり、けっこうひどかった。

けれどもKさんはしっかりジャスティンにくっついていった。

はじめの30分程度は岩を登っていく。
夜であまりよく見えないが、多少急な感じだ。 だが、危ない感じではない。

岩を超えると、こんどは砂地のジグザグののぼりが始まった。

これが、ネバーエンディングなのだ。
もう何時間こんな道を登っているのだろう。時間がどんどん過ぎていくが、ただひたすらこの砂地のジグザグ登りが続くのである。

そして、ふと上を見上げると、前のグループのヘッドライトが見える。
それが、途方もなくかなり上の方なのだ。ということは、私たちも少なくともあんなはるかかなた上まで行かなくてはいけないのだ。

Yさん曰く、あれはヘッドランプではなく、星だ!

おまけになんだか眠くもなり、意識も朦朧としてくる。そして、ついに、私たちの荷物を持つように、ジャスティンからしの指令が下された。私たちの荷物は、エドワード、ポーター2名の手に渡った。

こういうことだったのだ。みんなが手ぶらだった理由は。

この荷物がなくなったことによりかなりかなり、楽になった。荷物がないだけで、こんなに楽なのか。

私の荷物はエドワードが持ってくれていた。そして、さすがエドワード、休憩時間には、何か取り出すものがないか聞いてくれる。

すごい。この気の配り方は、もう人として尊敬である。

荷物がなくなってからは、かなりいい感じで進んではいたが、数時間たつとやはりまた苦しくなってくる。

そして、自分が荷物を大量に持ってきすぎたことにも後悔する。持てないのなら、カメラなどは持ってくるべきではなかったと思った。
私の重いザックをもってくれているエドワードに、本当に申し訳なかった。

ふとすると、なんだか自分の呼吸が変なことに気がついた。
ジャスティンに”私の呼吸がおかしい。”と申告したのに、ジャスティンはお前は大丈夫だと言い放ち、Kさんのケアに集中している。

ジャスティンが大丈夫というのだから大丈夫だろう。気にしないことにした。
確かに私は大丈夫だった。

”Don't Sleep! K!, Come close to me "
このネバーエンディングジグザグの途中にいったい何度聞いたことか。