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チャトラ・ママの茶のみ話

民間企業でOLとして活躍中?だったママが、19年5月に肺がん(ステージ3B)と診断されました。その後、社会復帰を果たしアルバイト公務員として元気に働いていました。そんなママが健康な人も、持病のある人も、読んで元気の出るようなブログを目指して書いています。


T病院の桜
この四次元世界の中で一番驚いたことは、流星群の出現です。
ほぼ1年前に「余命1年」とJ病院のH医師に宣告されていたので
私は1/31に天国へ行くものと思っていました。
かぐや姫じゃないけど、その瞬間を見届けたくて、
眠いのに、頑張って起きていました。
真夜中に腕をみたら、枯れた田んぼのようになっていて
丈1センチ位のカスミ草が生えていましたので、草取りしてました。
その時に、今まで見たこともない美しい流星群の出現です。
私のベットは、病院のバルコニーに面していたので、
みとれていました。バルコニーがお花畑のようにキラキラ輝いていました。

そしてウトウト眠ってしまったのです。(5分くらい)
僅かに眠って起きた時、流星群は山のほうに去っていく途中でした。
朝、起きた時、枯れた田んぼもカスミ草もありませんでした。
私は当分、流星群には乗れないなあと意識しました。


この頃から、私の意識障害は徐々に改善し、うつろな瞳はしっかりとし
食欲は出てきて、少しづつ、会話も出来るようになりました。
意識障害の時期を知っている姉は「奇跡だわ」と驚いていましたが
私には、何故奇跡なのか理解できませんでした。

ただ、テンテキ(点滴)がどういう意味なのか、しばらくはわからなかったし

携帯電話を電卓と呼んでました。(つづく)



広美さんからの花
ドイツのミハエル・シューマッハの家族は、シューマッハのこん睡状態が長期化する可能性を受け入れているようです。(3/21現在)
彼と私を同じ病気とみるのは筋違いですが、ある時期、意識がなかった者として一言いうなら、
この四次元世界を私はとても楽しんだということです。
ここでは、大女優MTの代わりとしてやはり病院に入院していて、役作りに励んでました。
病院にアメリカ軍が突入したり、天井のカーテンレールにアナコンダの甲羅?が貼ってあったりと怖い思いもしました。


一番リアルで恐怖心を抱いたのは、300万円の口座スキミングです。
今考えれば、絶対にあり得ないのに、スキミングされたと信じきってましたので
2月以降に家族に通帳記帳してもらい、自分で確認するまで、
本当にお金をとられた(オレオレ詐欺)と思い込んでいました。


また、国税庁から、国民総背番号になり、同性同名が多いので、名前が「田中ケイコ」に変わったと書面で連絡がきました。(これも四次元の話)


看護士さんから名前を尋ねられると、田中ケイコと答えてました。
その後、正しい名前を覚えましたが、答える時は、どっちの名前を言えば
相手が安心するのか、2秒位、考えてから返事してました。(つづく)


514号室

私は以前から癌の最期は緩和ケアサービス施設で迎えるものと誤解してました。
そのため、私が意識障害に陥ってから、家族は必死で施設探しを始めました。
いくつか候補の施設が見つかり、意識障害から目覚めた頃にパンフレットを見たら「私が緩和ケアに行くには早すぎる」と思うようになりました。元気だったからです。


意識障害は、1/21頃から始まりました。痛み止めの強い薬を飲んで
足はふらつき、記憶も曖昧になりまいた。1/21~1/31の記憶がすっぽりと
抜け落ちているのです。日本語の単語もかなり忘れてしまっていました。
1/24~入院してました。1/21,22,23は、一体何を食べ、何をしていたのでしょうね。


周りから見ると気の毒な意識障害の時期ではありますが、
私自身、それを今は「四次元世界」と呼び、楽しい時期だったと思います。
四次元世界では、色々な事を経験?しました。
所詮、夢の中の話を笑われそうですが、後で書き記したいと思います。


つづく