⑧塩田宿 | 長崎回縁隊のブログ

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ご縁が回って、全国の方々と知り合えればと思います。
そして、少しでも一隊化できる場所があれば最高ぜよ。

武雄に長崎街道27宿を紹介した陶板(板状の焼物)がありますが、⑧塩田宿には塩田川と焼物が描かれています。

 

⑦嬉野宿の北側で2つに分かれ、真っ直ぐ進むと塚崎(武雄)、東に進むと⑧塩田宿に着きます。

 

塩田宿・塩田津は重要伝統的建造物保存地区に指定され、江戸時代の美しい街並みが再現されています。

 

白壁漆喰づくりの「居蔵家」と呼ばれる重厚な造りの建物が17軒現存しています。その中の1つが国登録有形文化財の杉光陶器店です。

 

陶器店では様々な陶器が売られており、中には「カフェ居蔵家」が併設されています。

 

塩田では「塩田石」と呼ばれる彫刻に適した安山岩が多く産出され、塩田石工の伝統と技による石造物が多くみられます。本應寺の仁王像。

 

常在寺には、塩田石工の傑作と言われる高さ2.4mの仁王像があります。仏敵の侵入を防ぐ仁王像は入口に立つのが普通ですが、常在寺では石段中腹に置かれています。

 

光桂寺の仁王像は砥川の平川与四衛門によるものですが、長崎の滝の観音にある観音石仏を造ったのも同じ石工です。両地方の関係がうかがえます。

 

1691年、塩田宿を通ったケンペルが「塩田で焼かれた大きな壷が島原湾に注ぐ塩田川を通って船で運ばれ、地方へ送られていた。」と書いています。

 

塩田川を利用して天草の陶石が塩田に運ばれ、水車で陶土に加工され焼物が造られました。そして、この焼物や石造物は船で各地へ運ばれました。

天草の石は九州全土に運ばれ、長崎のオランダ坂の石畳も天草石で造られました。

 

この様に、海の満ち引きを利用した塩田川と津(川の港)による海運業が塩田宿を大いに繁栄させました。

⑧塩田宿は長崎街道の宿場と塩田川の港の2つの機能を併せ持つことで大い賑わいました。