二十六聖人は今から420年前の1597年に、豊臣秀吉の命令により虐殺されました。キリシタン禁止令により京都で捕えられ、見せしめの為、1か月間かけて長崎まで連行されました。
その最後の行程が長崎街道の裏街道である時津街道(別名浦上街道)でした。
すなわち、 彼杵(そのぎ)港から航路で時津港に渡りました。
嬉野からの峠を越えて彼杵の浜に降り、船に乗り込みました。
そして残月のなか大村湾を時津港へ渡りました。
そして翌朝、時津港に上陸しました。
そこから時津街道を通り、長崎の西坂に連行され処刑されました。
1862年、ローマ教皇は26人の殉教者を「聖人」としました。
1865年、大浦天主堂(世界遺産申請中)を建て、26人に捧げられた。
余談ですが、聖地の西坂公園のすぐ近くに本蓮寺があります。幕末に勝海舟やシーボルトが滞在した寺です。
今は立派な信者集会所になっていました(階段の左の建物)が、昔はここに長崎高等予備校がありました。
数十年前、私もここに1年間通いました。あまり授業は受けずに、ここの階段で喋ったり、公園でソフトボールをしたりした記憶があります。
近くから時津街道(浦上街道)が始まっていました。







