あの日から3年。
3年前。
地鳴りの直後に大きな揺れ。停電になり情報を得るのも暖を取るのも大変だった。救いだったのはガスと水道が使えたこと。そして親戚友達全員が無事だったこと。翌日の夕方、電気が復旧して安心したのと同時に衝撃的な被害の映像に心がやられた。心臓を掴まれたみたいに苦しくなり涙が止まらなかった。震災の状況を見たくなかった義母が録画してた韓国ドラマを観ていて激怒した。その時の私の様子をダンナは「躁状態」と言った。その時は義母を強く非難し、「躁状態」は強く否定した。しかし今思えば「躁状態」だったのだと思う。
私の被災なんて大したものではない。
志半ばで命を奪われた人の悔しさや後悔、そして大切な人を急に奪われた深い悲しみ。
3年という月日で癒されるはずもない。
それでも日々の生活に対応し、前を向こうと、歩き出そうとしている人々を私は尊敬する。応援したいと思う。
2時46分には黙祷を。