こんにちは。
本日もご覧くださってありがとうございます。
週末はいいお天気でしたね。
夏が来る前の、ギリギリさわやかな週末、公園遊びで日焼けしました。
息子は自転車が上手になって、娘は果敢に滑り台などにチャレンジして楽しんでいました。
楽しかった!けど走り回ってクッタクタです。
さて、少し間が空いてしまいましたが、価値観の話、続きます。
未来の価値観のこと。
人工知能と共存する社会になるころ、人工知能と競わなければならない時代を生きるのは私たちの子どもの世代。
そういう意味で、自分の将来としてではなく、子どもたちの将来、どんな価値観が世の中で一般的になっているのかなということ。
実際には、人工知能を使いこなせるひとたちとの共存と言った方が私の感覚では近いのですが、人工知能に仕事を奪われるというようなことではなくて、もう少し、単純で根本的なこと…。
以前初任給40万円という記事を書きました。
いま、そんな初任給からグッと他と差をつけていきそうな能力というのは、ハイテク企業のエンジニアで、開発、プログラミングができる人たちに限られていますが、近い将来もっとずっとたくさんの分野で、こうした現象が進んでいくだろうと予測できます。
少子高齢化。
若い人手が減るということは、有能な若い人は争奪戦になるということ。
給与を上げて囲い込み、昇進昇格を早くして流出を防ぐ。
そして、そういう早くから好待遇で迎えられ人たちが、20年後、私たちの子どもたちの未来の上司になっていくわけですよね。
そのひとたちは、どんな上司になるのだろうな、と思うのです。
機械というのは、いまのところ、結局人が命令して動くものです。
その機械に命令することを上手にできる人が、人の社会でも力を手にしやすくなっていく。
そういうひとたちと、そうでない人たちとの間には加速度的に差が付く時代がきて、そのときそうでないほうの子どもたちは、何を感じるだろう?
そうでないほうの子どもたちにしなければいい、というのは一つの答えではあるけれど、子どもたちがどんな選択をするかは本人次第。
たまたま、そういう未来に役に立つことを好むし得意な子だったらラッキーですが、詩を読み歌を歌うのが好きな子に、プログラミングを強いることはできない。勉強も運動も、本人の意思がないことは結局できないと思うのです。
親は、何ができるだろう?
これは、普遍的といえる、子の将来にどれくらい親が干渉していいのか、という問題でもあるのですが、私は、未来の価値観が読めないということに戸惑いを感じます。
私を励ましてくれた例の元上司は、今では役員に上り詰め、会社のトップ3として活躍していますが、ずっと若いころ(と言っても今の私くらい)、家庭で問題が起きて、仕事をセーブせざるを得なかった経験をもっています。
もっと若いころは、一般社員として入社し、会社の独身寮で同期たちと同じ釜の飯っていう時代も経験しています。
痛みも悲しみも経験してきたからこそ、人の痛みもわかるというか、上に立つ人にはそういう人であってほしいと末端にいる私などは思います。
未来の価値観。
未来の上司たちは何を思うんだろう?
子どもたちはどんな生き方を幸せとしていくんだろう?
そんなことを考えていたのでした。
長くなってしまった…。
そしてうまくまとめられなかったです…。
お付き合いくださった方、どうもありがとうございます。
