B型。同じ料理は二度とでない。その根底にはいつもなにか変化・驚きが欲しいという性がみえかくれする
昨日テレビを見ているたらヒロミが伊代ちゃんのことを、「ママは料理がにがてなんだよね(笑)」、と話していた。
うちのママも料理はてんでだめ。
この10年以上料理を作るセンスがないと思っていたが、伊代ちゃんの話を聞いてダメな要素の一部が全く同じであることに気が付いた。
おそらく料理は落第な女性がB型だと悲惨なほどだめになるなることに気が付いたのだ。
「ママが冷やしうどんを作ってくれたことがあって、結構おいしかったんだよね。
だから、『ママ、この前の冷やしうどんを作って』ってお願いしたの。そしたら、温かいうどんがでてきたのよ。
『ママ、冷やしうどんって言ったのにどうして?』って聞いたら、『いや、今日はあたたかいのがいいかなーって思って。』
っていうんだよ(笑)。」
料理の腕がよいかどうかは別として、その思考回路のいかれ具合が同じだった。
この話、他のB型の女性と話していても同じことを話していた。どうやらBにはそういう一面があるみたいである。
うちもたまにおいしいものがでることはある。
そういう時はもちろん「おいしい」という言葉と口に出すように心がけている。
子供たちに、これ美味しいよ、とかいってさりげなくおいしいことを伝えたりしている。
ところが、次の機会にこの前と同じものが食べたい、とお願いしても決まって、同じものは出ない。
同じものが作れない、と思っていたのだけども、そもそも同じものを作るという概念がB型にはないようである。
どうやら「よかれと思って」、こういう風にしたら美味しくなるんじゃないかな、と「テキトー」に味を変えているようなのだ。
料理のうまい人ならそれでもいい。しかし料理の下手なB型は始末に負えないのだ。
うまかったものがまずくなるんだからどうしようもない。
どうして同じものを出さないのか何度も文句を言うが、どうやら頭がおかしくて理解できないみたい。
そもそも、サプライズ好きで日常生活すべてに驚きを求める要素があるのだ。
子供の時に、道路のタイルを一個飛ばしとか斜めに二つとぶとかそういう決まりで進みたがるガキのような特性に近い。
サプライズ好きというのは思ったものと違うものが出てくるのがなにより好きなのだ。
つまり自分がそうなんだからみんなもそうに違いない。同じものをよろこんでいるのはお世辞に違いない、と心のどこかで信じている。
だから「気を利かして」、調味料を変えたり、味付けを変えたり、材料を変えたりするのだ。
お笑い芸人や芸術家にはいいかもしれない。
しかし料理のできない女性にとっては、料理ができないという意味も分からないのかもしれない。
料理は基本があり、定番があり、それを楽しむのである。
全く新しい動物の肉料理や食べたことのない野菜の料理がおいしいかどうかなんて普通はわからない。
人間はかならず記憶のreferenceと比較して美味しいかどうか決めているから。
彼女、彼氏は必ず初めに付き合った女性/男性と比較されるのと同じである。
しかし、B型は比較しないんだろうな。いつも違うのがいいから。
今日のイラつき
木曜日。出先から帰る車の中でiphoneがなる。
今日のような快晴の夏の夕方の運転は気持ちいい。夕方と言ってもまだまだ日は高く、田舎から帰る車窓の眺めは海も山も素晴らしい。いつものように1-2回車を止めて写真を撮りつつ市内まで帰ってきたところ。市内に入ってやや渋滞に巻き込まれたところで、今夜の方針を考えていたところであった。そのまま①職場に行って仕事をしようか②食事を外でしてそのまま飲み出ようか、③家に帰るか、である。そこに嫁からの電話。
出ると夕食をとっていないことはわかっているはずなのに、職場に行くのかと聞いてくる。いつだってそうだ。帰って食事するかとはまず聞かない。食事など作りたくないからしょうがない。息子のために作るはずであるから当然用意するはずの夕食について「夕食はあるの」と聞くと昨日のカレーがあるという。昨日のカレーがある、なんて。うちのカレーは美味しくないので、子供用に甘いということで結構避けてきた。しかも「昨日」のカレーを今夜出すということは息子も二連チャンでカレーなのか。可愛そうの極み。本当はいつものように「外で食べてくる」と言いたいところであるが、息子は夏休みで一日自宅にいたのだし、一緒に食事をする時間を大切にしたいので自宅に帰ることにした。
ところが、僕がカレーを嫌っていることを知っているせいか、嫁はムール貝のバター炒めと団子の甘酢煮を準備していた。なぜかここ1Wは食事がきちんと作られることが多い。ここ1Wは二品程度のおかずであり、内容もできあいのソースを使っているが、それでも美味しい。というか、だから美味しい。
いつもレンジの餃子と買ってきた春巻きなどの中華、加えてサンマを焼いて、イカのバター炒めをすこし出して、ご飯は朝炊いたご飯、などの組み合わせで、数が多いが統制の取れていない、心のこもっていない、数揃えましたという食事である。数が多いのは数打てば当たると思っているからのようでいつも多い。結婚後、この点は毎食説明したがだめ。自分はご飯と味噌汁、おかずは一品、漬物とかサラダがついていればそれで十分。多いというのに少なくできない。ステーキと焼き魚にお刺身がでることもめずらしくなく、朝からステーキと中華など信じられないセンスの無さである。理系女子はまったく馬鹿である。貧乏であれば安く上げるために品数調整も入るであろうが、成金女医であるので金に物言わせて買いまくる。なぜここ1Wきちんとつくっているのかわからないが、なにか思うところもあるのであろう。
とにかく食事はでてきた。食事を作った労をねぎらうつもりもあって息子にも「ムール貝美味しいよ」と声をかけたりして食事にバクついた。すべて平らげたが、珍しく炊きたてのご飯でお米がおいしいのでご飯をメインにお茶漬けを、と冷蔵庫の子持ち昆布や明太子を出してきてご飯だけでされに二杯お代りをした。自分が食事を済ませて洗い物をすると、息子は殆ど食べずにごちそうさま、とほとんど手を付けていないお皿をキッチンに持ってきた。一日家にこもって、ゴロゴロ寝ていればお腹も減らないのであろう。しょうがない。
そこで、、今日の怒りはこれから。
食事を作ったあと僕たちが食事をしている間、普段から食事を一緒にとらない嫁は一人ソファーに座ってなにか書類に目を通していたが、息子がいなくなると、食事のときにまったく会話がないのね、という。一緒に食事をしたいのに、バラバラに食事を用意する嫁に腹立たしさをいつも覚えていたが、だからといって一緒に食べるときにここぞとワイワイ修学旅行のように喋りながら食事をする習慣をもちあわせていない。子供が生まれてこのかた喋りながら食事を一緒にする僕ではなかった。なのに今日に限って喋らないことに苦情を言うのだ。つくる食事はまずいし、そもそも食事をきちんと出さないし、出してもめちゃくちゃだし、出したあとは洗い物を全くしない嫁が、である。喋らなければ父親の思いも何も伝わらない、これでもし死んでしまったらなにもわからないのよ、的キレ具合で文句を言うのである。どうやら娘が友達と食事をしているときにほとんど喋らずにたべることを指摘されたようで、これが僕のせいだと言いたいようなのである。自分は一緒に食事をしないくせに何を言っているのだ。しかも平日はいつも夜八時すぎても勉強ばかりさせて料理も作らない嫁が、である。日曜日の朝はほとんど作らない嫁が、である。休みのお昼は二時過ぎに食事を出したりする嫁が、である。しかもそれほど遅く食べさせておいて、明日が早いから夜はきちんと早く食べさせないと、と、どの口が言ってるのかふしぎであるが、五時半くらいに焼肉店を予約する嫁が、である。