英語教育〜今昔物語

英語教育〜今昔物語

45年前に初めて英語と出会いました。現在の英語教育と比べてみたい。また、随所に英語教育の指導法とか、勉強方法を織り交ぜながら、自分の英語史を綴ることにしました。読んでいただけたら嬉しいです。いろんなアドバイスも下さい!

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我が家は裕福ではない家庭だったようで、兄は大学進学を諦めざるを得なかった。高校からすぐに、日本IBMに入社した。高校からの入社は大変珍しい状況だったと聞かされた。

あとで母親から、家族会議のいきさつを聞き、胸が熱くなった。兄は涙を流しながら大学進学を懇願したようだ。両親は、お願いだから就職してくれと、こちらも涙ながらに思いとどまるよう説得したと聞く。

5歳年下の私の頃になり、なんとか私一人なら大丈夫、ということになった。「国立なら親孝行だね」とプレッシャー。当時の国立大学の授業料は、毎月6000円!今から比べたら破格の授業料である。

大学進学に関する情報も少なく、塾や予備校もない田舎町。結果は不合格。千葉大と茨城大に嫌われる。なんとか一年間、都心の予備校に通わせてもらう。

英語の教師をしていた叔父から、予備校ならS台予備校だと言われたが、すでに締め切り状態。K学館に通わせてもらう。千葉の木更津市に家を借りていた兄のところに転がり込み、そこから水道橋まで通うことになった。

授業開始前のオリエンテーション。不合格の一般的な要因が紹介される。どれも当てはまることばかり。その中で、学校教育では、教科書が終わらないことの指摘があった。特に社会科(日本史)。これは今でも普通の高校において当てはまることだろう。いわゆる入試で頻出の近・現代史まで教科書が終わらないことの指摘である。

試験に出る部分がよくわからず、ただ学校の教科書を学んでいるだけでは受験には勝てないことを実感したオリエンテーションであった。予備校の教材や授業内容は最初の数時間で学校のそれとの違いを痛感した。以前、高二の英文法の授業でよかったと思われるものが一つあると紹介させてもらったことがありますが、予備校ではそういう授業が当たり前である。これでは勝てるはずがないと思うのは私ばかりではなかっただろう。




to be continued




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