能天気な正月日記はそろそろ終えて(笑)
正月の終わり、というかとっくに終わっている今日4日に、
「おくりびと」を見ました。
感想、、、号泣。
ほんわか、ユーモアをまじえて描いているのですが、
テーマはご存知、「死」。
「死」がどういうものかとかいう、哲学的なことは横において、
誰にでも訪れ、日常に溢れているものが「死」。
その「死」を忌み嫌うこと自体が、本当は違うのかもしれません。
私の好きな仏典にこんな逸話があります。
ある身分の低い女性が幼子を亡くした。
女性はその子の亡き骸を抱いて、仏陀に問いかけた。
「この子を生き返らせてください」と。
仏陀は答える。
「誰も身内で死人を出したことのない家に行き、芥子の種をもらってきなさい、
それを飲ませればその子は生き返るでしょう」(ちょっと違ったらごめんなさい(^_^;))
女性は方々の家を訪ねて、探して回った、
『誰も死人を出していない家』を。
やがて彼女はそんな家がどこにもないことを悟る。
そして、わが子の死を受け入れていく・・・
この話を読んだとき、感動で震えました。
「死」は特別なことではなく、どこにでもある日常。
そして、それは誰もが乗り越えていかなければならない試練だということも。
私は父を突然目の前で亡くしたショックで10年寝込みました。
おそらく母はもっと辛かったことでしょう。
それでもやがて受け入れていけるんですね。
そんなことをつい先日も、そして今日も感じました。
主人公の生き別れた父が死に、遺されていたのはダンボール一つだけ。
72年生きて、たったダンボールひとつだけの人生。
何かを遺すことが人生ではないけれど、
たった一度や二度の失敗やつまづきで、
人生すべてを棒に振るような、そんな国は優しくないと思います。
私は何度失敗したって、何度でもやり直せる、そんな国作りが大事だって思う。
人間だもの、失敗だってするし、自分の失敗じゃなくっても、転落してしまうことはたくさんある。
むしろ、自分の失敗じゃないことのほうが多い。
震災は、あれは誰かの責任ですか?
あれは自業自得ですか?
私、自業自得って言葉大嫌い。
誰かのせいにするのはよくない、でも誰のせいでもないことってすごく多い。
だから、何度失敗してもやり直せる仕組みを作らなアカン。
そんなことも映画を見ながら思いました。
主人公もいきなり解雇されたしね。
ちょっと映画の本題と外れてたかもしれないけど、
自分で「自業自得だ」とか思う人、
他人を「自業自得だ」と思う人、
そういう人がひとりでも考えを変えてくれたらなあと思う毎日です。
今年はもっと優しい人間になりたいっていうのがテーマかもしれません^^