海外で「トイレはどこですか?」と聞くのに自信あるなし関係ないですよね。
何か言いたい事があるから話す訳なのに、「自信を持って話そう」とは?
言いたい事がある時に、余計な事考える余裕も必要もないですよね。
相手に興味があるから話を聞くのだし、主張したい事があるから話すのだし、
「自信を持って話しましょう」とは実世界ではなく空想上のアドバイスなのでは?
ブログで日本語書く時もそうじゃないですか?言いたい事があるから書く訳ですよね。
そこに自信は必要ですか?
私の主張嫌われないかな?私の話つまらなくないかな?私の日本語おかしくないかな?
考えます?
言いたい事があるから英語を話すのではなく「英語を話している自分」をイメージしながらアドバイスしてませんか?
相手はあなたの主張に興味があるかもしれないけれど、あなたの英語には興味ないと思いますよ。
外国人と日本語で会話するのを想像してみて下さい。あなたは相手の日本語のレベルに興味ありますか?文法はどうかな?発音はどうかな?語彙力は?
相手の言いたい内容には興味ないですか?何の為に会話しているのでしょうか?外国人の日本語を判定しても生産性無いですよね。それは『会話』なのでしょうか?