補助教員のつれづれ -21ページ目

補助教員のつれづれ

幼稚園⇒中学校ときて今年は小学校の補助教員です

中学校の特別支援クラスの補助員になって12日が過ぎた 

最初「何で中学校なの~」と思った気持ちのなかに 

中学生とどう係わればいいんだろう?という不安があったけど 

一緒に過ごしてみると

幼稚園で感じていたのと同じように可愛く感じる


  

仕事内容に関しても全くわからなかったけど 

特別支援クラスのため 

教科指導ではなく 

単元の目標に向かい日々の日課を積み重ねていく点では 

これも幼稚園と似てると思う



特別支援の勉強ができてラッキーと思う反面  

勤務の諸所において曖昧なことがストレス

これは 「聞くこと」 「確認すること」 で解消するしかないよね

 

何度も転職経験はあるけど

不安なく勤務できるようになるには 

やっぱ1年くらい過ぎないとねあせる

 

まだまだ緊張して働いてる分
休みはホッとする 満月




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広汎性発達障害の特徴のひとつに


日程が変更になったり見通しが持てないことに不安を感じることが挙げられる

 

今の時期は家庭訪問や運動会の練習など

 

毎日の時間割が様々変動するため

 

支援学級の先生も、黒板に時間の流れを書いて知らせたり

 

当日も何度か確認し合って安心できるように配慮されている


 

が、しかし 

不安が残っている人間がひとり 

私です ガーン

 

私は予定外の行動が苦手

 

土壇場まで決定しない上司とか


すごく嫌ですNG

 

今の職場ではそういうのはないけど

 

とくかく勤務時間も内容もあってないようなもの

 

何時まで何をするというのがすごくアバウトで

 

朝から確認した段階では

 

「特にお手伝い必要ありません」と言っておきながら

 

帰ろうかとしていると声をかけられたり

 

実のところ

 

予定外の勤務超過はすご~くモチベーションが下がる右下矢印

 

また物の置き方で(カラーブロックなんかは)

 

赤は赤、黄は黄、緑は緑って揃えておきたい気持ちがあるけど

 

「わぁ~ 几帳面」って悪いことみたいに言われるから

 

それをしないようにしていた子どもの頃の自分‥

 

色を揃えて並べたいと感じる自分のこだわりを抑えてきたんだな

 

私もそういうこだわりとか見通しが持てない不安とか持ってるな

 

と、特別支援の勉強をするようになって再認識です

 

 

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中学校は慣れなくて気は使うけど

 

体は楽 なんて言ってられなくなりましたあせる

 

支援クラスでは5教科に替わって


日常生活と作業が取り入れられてます

 

「夏野菜を育ててカレーを作ろう」という単元で

 

取り掛かりは畑を耕すところから

 

石拾い、草取りあたりは良かったけど

 

畝を作る段階

 

初体験です

 

わくわくしたけど


その気持ちはすぐに吹っ飛びました

 

を使うって きつい むずい ガーン


鍬って全身運動なんだね

 

日頃いかにカラダを使ってないかと言わんばかりに

 

作業中既にあちこちに違和感→痛みが‥

 

まず手のひら、上腕、背中、腰、太もも、膝の裏などなど ショック!

 

最初は張り切っていた生徒2名も

 

意外と大変な作業にすぐに飽き泥団子など作り始めてしまうし

 

残されたノルマ?の畝作りに泣きそうでした

 

しかし2日目の今日は昨日に比べ鍬使いもちょっと慣れてきたんじゃない!?

 

老後は自分で食べる分くらいの野菜作れるようになるかもね 得意げ

  


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A学級(特別支援学級の名称)のNさんは

交流学級ではひとりでいることが多いみたい 

先日こう話し出しました


「ずっとA学級がいいな」 

「どうして」


「交流学級には意地悪な人がいる」

「何かされたの」


「私がU先生と話をしてたら、『意味わからん』って言われた」

「Nさんに向かって言ったの」


「よそを向いてたけど聞こえるように言った」

「それに『早く席替えがないかな』っていつも言う」

「それはNさんの隣だから席替えがしたいっていうことなの」


「わからないけど机をずらしたり離したりするからたぶんそうだもん」

 

こんなふうに交流学級での不安を話すNさんに対し

反論するでもなく

鵜呑みにするでもなく

彼女の気持ちを受け止めながら

気持ちが前向きになるような援助をしていく担当のT先生

すごいなと思います

職人技のような先生の言葉かけに感動しながらも

せつなくなっていました 

交流学級では不安そうに授業を受けるNさんの姿を見ているからです

 

私が子どもの頃

「特殊学級」と言われていたクラスは

鉄筋3階建ての校舎とは別に建てられた一軒家のような教室で学んでいて

同じ学校の生徒という認識はありませんでした

 

うちの娘たちの頃は

「なのはな学級」と呼ばれるクラスがあって

日頃は別だけど行事があると娘たちのクラスに加わってくるという感じ

 

今は(勉強不足なのでこれらの認識が間違っていたらすみません)

クラス所属が前提だけど

個別の支援が必要なときはそちらで対応する

 

特定の場所ではなくて

一人一人の教育的ニーズに応じて指導するために

このように変化してきたのだと思いますが

 

当の本人や周りの生徒たちはどう感じているのでしょうか‥

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お試し期間って感じで働いています汗

 

勤務時間は9~15時半なのですが 


9時に登校しても1限目が始まっていて私は取り残された感じになってしまうので


打ち合わせ等に参加できるよう昨日から8時半勤務開始にしてみています


ただ8時半ってことで15分当たりに行くと職員朝礼が真っ只中で入りづらい


でもそれより早くとなると1時間前倒しになってしまうしね‥



この辺り適当なんですよ 


ふつうに考えて8時半には出勤した方がいいだろうということは素人の私でも思うことなのに


それを9時勤務開始にしてありどうもその差30分はボランティア勤務ってことでしょう



 

生徒と関わっていると


時間になったからって「じゃ、バイバイパー」とは帰れません


だからその分もボランティア勤務になってしまうようです


でも私はその中で少しでも自分の権利も大事にしたいので


例えば家庭訪問で生徒が早く帰るときには私も規定の時間より早く帰してもらうことをお願いしました


「今度の先生ボランティア精神ないね」って思われてるかなあせる




先週は担任の先生も余裕があり私が補助する場面はほとんどありませんでした


そのため支援クラス横の小さな職員室でお留守番がほとんど‥


発達支援関係の本を読んだりボーッとして過ごしたような


昨年の今頃は幼稚園の3歳児さんの補助を担当していたので


泣いてお母さんから離れない子どもを抱えて教室に入ったり


いなくなってしまう子どもを追いかけて外に走って行ったり


もうヘトヘトな毎日だったのですが


今年は体はけっこう楽しています(気疲れで胃はいまいちですが)


 

今日からやっと授業が始まりました


知的障害がある生徒は国・数・理・社・英の授業時間は支援クラスに戻ってきます


今日は「1年の目標」について担任の先生が話をされ「1学期の目標」をそれぞれ自分で考えました


「1年の目標」は「自分から、自分で、できることを頑張る」です


これは、将来自分のしたい仕事をするために必要なことだからと先生は話されました


一般的に中学生にとっての目標はほとんどが高校受験になってしまいます


高校に入学したら今度は大学受験が目標になってしまい


いざ働くという時期が来ても「やりたいことはない」ってことにもなりかねない


学校教育は年齢が上がるに連れてどうしても知識学習重視になって行きますが


支援クラスでは人としての学習を中心にしていることに意義を感じました


 

4限目に技術の授業を受けるNさんの補助で授業に参加しました


Nさんは支援クラスにいるときはうるさいくらいよく喋り明るい子なのですが


交流学級の中では、自信なさげにおとなしくしている姿がありました

 

私も新入生同様いろいろ学んでいる毎日です