ペルーフジモリとベネズエラマドゥロ
ベネズエラ、ベネズエラ
ファン・グアイドがマドゥロをフジモリと同じやり方で憲法を無視し国会を解散させようと
していると非難した。
フジモリの時代とマドゥロの今とは、国が違うだけでなく、経済社会政治状況
がまったく違うし、国会解散の意図も違う。
フジモリはやはり悪例として引用されるんだな。
ベネズエラ、ベネズエラ
4月30日 反マドゥロ政権の蜂起は鎮圧された。
米国とロシアは非難の応酬
中国にクレームできない域内諸国
蜂起したくてもできない状態にある市民や軍兵
強気発言を繰り返す、権力と暴力装置を掌握しているマドゥロ
ペルーの元大統領 自死
2度大統領になったアラン・ガルシア元大統領が亡くなった。
フジモリが大統領として登場する1990年の前の時代
1985年~1990年まで大統領
2度目はフジモリ政権の後の時代に2度目の大統領となる。
ブラジルゼネコンの公共事業に絡む汚職・贈収賄容疑で
アレハンドロ・トレド元大統領は、司法逃亡し、今、
米国のサンフランシスコにいる。ペルー司法は送還を請求している。
オジャンタ・ウマラ元大統領は、一時期身柄を拘束されたが
現在、裁判中。
ペドロパブロ・クチンスキ前大統領も予備拘束された。
大統領ではないが、ケイコ・フジモリ 野党党首も
身柄を拘束されている。拘束とは司法拘置所ではなく
刑務所に入れらることだ。
アランにも、予備拘束逮捕令がでて、検事が警官を同伴
させて、自宅に身柄拘束に出向いた。
自宅にいたアランは、検事たちを待たせ、自室にもどり
室内で、拳銃で頭を撃ちぬいて、病院に搬送されたが
病院で死亡した。
良くも悪くも彼なしでは、ペルーに政治は語れないし
フジモリなど非政治家たち(ウマラ、クチンスキ)が登場
する契機にもなっている。
ペルーのベネズエラ
この2年間でペルー在留ベネズエラ人は70万人を超えた。
犯罪も含めていろいろな分野ニベネズエラ人が浸透している。
中南米のニュースといえば、突然、日本ではベネズエラ一色になった。
なぜかは省略するけど、日本の知識人まで含めて、マドゥロとグアイド
の対立構造を報道している。米国嫌い、トランプ嫌いの人は、
反米という理由でマドゥロを支持する、「話し合いで」解決なんて
言っている。ベネズエラをウオッチし続けている人はそうではない。
ペルー リマは連日の猛暑
2月は連日猛暑がリマ周辺では続いた
気温30度を超える猛暑。日本からみればどうというこない暑さ
かもしれないけど、こちらでは猛暑。扇風機がバカ売れしている。
一方、やっぱり 強度のエルニーニョ現象がやってくるということで
最初は南部、現在は北部で豪雨発生で河川氾濫が起こっている。
ペルー おふくろの味
おふくろの味
最近はペルー、リマのスーパーマーケットでも総菜や各種料理が
売られているから、それを買って昼食をとっているサラリーマンは見かけるし、
家の持って帰る人もいる。
核家族で、料理する時間を惜しむ人は、日本ほどではないけどね。
それでも、まだまだ、かーさんが料理をつくる家族は多い。
おふくろの味があって、やっぱし、これだなと大人になってからもおもう。
家政婦が仕事として定着している、この国で、掃除洗濯 子守りまで
任せきっりの主婦も少なくない。そうゆう家族のおふくろの味
は家政婦の味となる。
俺のオフクロの味は xxxさんの味だな なんてことはある。
xxxさんは家政婦のおばさん。
料理上手の家政婦のおばさんで、隣国チリで働いている女性も多い。
「ペルー人の女性って」「料理が上手なのよね」 ってチリ人友人曰く。
まあ、同じ仕事をして、給料の高いところに、行くわな。当然
ペルー 汚職追及と検察
ブラジルゼネコン オブレテヒト社と役人や元大統領の贈収賄疑惑
はペルーだけでなく域内諸国でその追及が続けられている。
日本や米国では裁判法廷には、カメラも録音機も持ち込み禁止
で裁判の様子は手書きの絵であり、そんな専門家もいるそうな。
ペルーでは予備審理から裁判の様子まで、テレビカメラが入り
公開される。被告と証人が顔をつきあわせ自己主張させたりもする。
犯罪を追及する検事は、マスコミのインタビューに答え、いろいろ
な発言をするし、世論を見方につけようと平気でする。
捜査状況を話したりもする。汚職の場合、追及する検事は
まるで英雄あつかいになる。正義の見方だ。一方、弁護士は
悪者の味方とみられ、なんで「そんなやつを擁護するのか」
ということになる。市民団体や人権団体を味方につければ
悪者を裁くのに拍車がかかる。
いつも悪者になるのは為政者陣営、勢力の大きい政党だ。
当然、世論もそれにひきずられる。
ペルー ダカールラリー2019
ダカールはもちろんは知らないけど、ラリーがペルーで始まった。
今回はボリビアやアルゼンチン、チリは参加しない。
ペルーだけのダカール
やっぱり、砂漠があるから。普通の道を走るのでなく、道のない砂地が
魅力的なのか。
どうでもいいけど、遺跡を壊さないように
https://www.youtube.com/watch?v=5QXG9HeAnUg
始まりは、コスタベルデ海岸道路から
https://www.youtube.com/watch?v=0TVP-_M2EWc
ペルー ケイコ・フジモリはどうしてるって
ケイコは36か月予備逮捕令が発令され刑務所に収監されており、すでに50日以上経過した。
もちろん、裁判で判決がくだされたわけでもないし、裁判が始まったわけでもない。
その経過をまとめると;
ケイコ・フジモリ(FP党首) 36か月予備拘束逮捕令で収監、その経緯:
*2017年6月23日 IDL レポート【IDL(司法擁護協会) 非政府系団体】がブラジルゼネコン、オデブレチ社(ODEBRECHT)元社長マルセロ・オデブレチ証言を報告。マルセロは“AG”(アラン・ガルイア)、”KEIKO“(ケイコ・フジモリ)、”HUMALA“(オジャンタ・ウマラ)に資金提供を示唆する証言をした。 *2017年8月10日ブラジル検察がマルセロ・オデブレチの携帯電話の日程表にケイコに言及する記述があったとペルー検察に報告 *2017年8月29日マネーロンダリング捜査のヘルマン・フアレス検事がケイコの予備捜査を開始。 *2017年9月4日検察庁がケイコ専任捜査検事にホセ・ドミンゴ・ペレス検事を指名、2011年選挙キャンペーン資金をめぐりケイコとフエルサポプラル党(FP)を捜査対象にした。 *2017年10月14日国会ラバジャト汚職調査委員会でケイコはマルセロ証言を否定、オデブレチ社(ODEBRECHT)やその役職者から自分もフエルサポプラル党(FP)もいかなる資金提供も受けていないと証言した。 *2017年11月9日ブラジルでマルセロ・オデブレチ元社長から直接事情聴取したペルー検察は、ケイコ・フジモリや他の大統領候補者に選挙資金を提供したとの証言を得た。 *2017年12月7日リチャード・コンセプシオン判事がホセ・ドミンゴ・ペレス検事の検察当局がリマ市内のフエルサポプラル党(FP)の事務所2か所の強制捜査を認めたため、党本部(セントロ)とスルコ区の事務所に捜査が入り、書類などが押収された。 *2018年1月24日エルコメルシオ紙がマルセロ・オデブレチの肉声録音を入手、この中でマルセロをケイコへの資金提供に言及している。 *2018年2月28日ホセ・ドミンゴ・ペレス検事がブラジルでホルヘ・バラタ オデブレチ社(ODEBRECHT)元リマ支店長から事情聴取し、バラタは2011年ケイコの選挙キャンペーンに120万ドル(第1回投票時に50万ドルをハイメ・ヨシヤマとグスタボ・ベドヤに、決選投票時にふたりに50万ドル)を提供した、これに更に50万ドル追加したと証言した。 *2018年3月4日ケイコが2011年選挙キャンペーンで”不適切な経緯で“ケイコがオデブレチ社(ODEBRECHT)から資金提供を受けていたという仮説が実証されたホセ・ドミンゴ・ペレス検事がエルコメルシオ紙にコメントした。 *2018年3月6日検察当局が「フエルサ2011」(現フエルサポプラル党)の創設者で当時幹事長だったハイメ・ヨシヤマとアウグスト・ベドヤ自宅を強制家宅捜査した。ハイメ・ヨシヤマは武器不法所持を理由に12時間拘留後釈放された。 *2018年4月25日ブラジルでホセ・ドミンゴ・ペレス検事がオデブレチ社(ODEBRECHT)ラテンアメリカ及びアンゴラ元取締役ルイスアントニオ・マメリから事情聴取を行い、実際にその金額がケイコに渡ったかどうかは知らないがホルヘ・バラタ元リマ支店長に50万ドルをケイコに渡すように指示したとの証言を得た。 *2018年4月26日オデブレチ社(ODEBRECHT)元経理責任者フェルナンド・ミグリアシオがペルー検察に、公共事業でオバーバリュウーするなどして得た違法な資金がケイコの選挙資金に提供されていたと証言した。 *2018年10月10日リチャード・コンセプシオン判事がケイコ・フジモリとハイメ・ヨシヤマと他の関係者19名の10日間予備拘束逮捕を認めた。容疑はマネーロンダリング。 *2018年10月11日最高裁がケイコ・フジモリと夫マーク・ビトをカクテルパーティ疑惑、組織犯罪法に準じて捜査することを認めた。 *2018年10月17日リチャード・コンセプシオン判事がケイコらの10日間拘留に根拠なしとして釈放を命じた。 *2018年10月19日ホセ・ドミンゴ・ペレス検事がケイコと他10名をマネーロンダリグ容疑で正式捜査を開始。ケイコと他11名(ハイメ・ヨシヤマ、アウグスト・ベドヤ、ケイコの顧問アナ・エルズ・デベガ、ピエル・フィガリを含む)に36か月予備拘束逮捕令を請求した。 *2018年10月24日、21日の公聴会が中止後、再開。 *2018年10月31日公聴会で検察が予備拘束を主張。ケイコらの36か月予備拘束逮捕令が認められる。*2018年11月1日 ケイコ・フジモリがチョリヨス女子刑務所に移送された。
ペルー フジモリ元大統領はどうしてるかって
フジモリ元大統領はどうしてるかって? 病院に入院しているよ。
ちょうど1年前、昨年2017年12月24日クチンスキ大統領(当時)が人道的赦免(indulto)を発令した。ウマラ大統領の時には2度この申請が却下された。その赦免が、フジモリ元大統領の人道的赦免(INDULTO)が今、赦免取り消しになっている。
;国際会議の後日本に留まり、ペルーに帰国しなかったフジモリは2005年11月6日日本からプライペート機でサンティアゴ(チリ)に到着した。なぜ日本からチリに行ったのか。ペルーの隣国に入り、ペルーの世論を呼び起こしてその支援を受けてぺるーに入国しようとしたのだろう。2000年11月19日に大統領を辞任していた。辞任したけれど、当時野党に多数派となった国会はフジモリを罷免した。
世論を巻き起こすどころか、チリで彼は身柄を拘束されることになる。誰もチリに出迎えにこなかったし、世論も湧きあがらなかった。2006年1月3日ペルー司法がフジモリのチリからの送還を正式要求した。送還理由は12件(汚職10件、人権侵害2件)。
2007年9月21日チリ司法が送還理由の7件を認めた。7件の中にカントゥタ・バリオスアルトス殺害事件、実業家サムエル・デイエル、グスタボ・ゴリティ記者誘拐が含まれていた。
2007年9月22日国警(PNP)さし迎えのアントノフ輸送機でチリからペルーに送還され、国警(PNP)特別作戦本部(DIROES)内に収監された。2009年4月7日最高裁(セサル・サンマルティン裁判長)はバリオスアルトス・カントゥタ殺害事件等の容疑で禁固25年の有罪判決を下した。
時は流れて、2度のわたり長女のケイコは大統領に当選することができなかった。クチンスキ候補との決選投票ではまさに僅差で敗れた。
2017年12月11日フジモリは刑務局(INPE)に人道的赦免を請求した。大統領赦免委員会がこれを12月18日受理した。2017年12月15日国会本会議、オデブレヒト社(ODEBRECHT)との関係が告発され、クチンスキ大統領の罷免動議提出が成立した。2017年12月21日国会本会議採決 罷免動議成立(87票)しなかった。フエルサポプラル党(FP)のケンジ・フジモリ議員を含む10議員が投票を棄権したため、クチンスキ大統領は罷免されなかった。 2017年12月23日フジモリはDIROESからセンテナリオ病院に搬送された。
2017年12月24日クチンスキ大統領がフジモリの人道的赦免(indulto)を発令した。通常手続きに13日間かかるところを1日で手続きが完了した。 2017年12月25日人権団体などがクレーム、赦免(indulto)の詳細公表を要求した。ケイコ・フジモリ(FP党首)がセンテナリオ病院にフジモリを見舞った。2017年12月27日 米州人権委員会(CIDH)が大きな懸念、赦免(indulto)拒否の声明発表。
2017年12月28日 米州人権裁判所(C-IDH)2月2日に公聴会と特別招集決定。2018年1月4日フエルサポプラル党(FP)が声明を発表、やり方には不一致があるとしながらも赦免(indulto)を祝福した。
2018年6月15日米州人権裁判所(C-IDH)がフジモリ人道的赦免(indulto)の見直し請求を発表。 2018年7月20日バリオスアルトス・カントゥタ殺害事件遺族が最高裁にフジモリ赦免(INDULTO)無効を請求 2018年8月22日フジモリの赦免無効は健康上認められてないと医師がコメント。 2018年9月21日最高裁公聴会が開かれフジモリ弁護側と遺族側がそれぞれ陳述、意見対立。 2018年10月3日最高裁ウゴ・ニュニョス判事が フジモリの人道的赦免(indulto)無効の裁定を下した。現状では病院をでれば逮捕されるだろう。