現在の東京楽天地は宝塚歌劇団を創立した小林一三によって、昭和12年に江東楽天地として創設された。
当時の錦糸堀(錦糸町)は殺風景でうらぶれた街であり、周囲は大反対し、小林の暴挙として捉えられていた。
私は昭和42年頃から錦糸町駅ビルや楽天地に毎週のように通い、駅ビル地下のカレースタンドでカレーライスを食べ、江東劇場では若大将シリーズやゴジラシリーズなどを観ていた。
また、本所映画、江東リッツ劇場、江東スカラ座、江東東映劇場などの映画館が隣接して営業していた。
昭和25年には場外馬券場が開設され、シンザンからタニノムーティエ&アローエクスプレスそして、ハイセイコーの出現で空前の競馬ブームが巻き起こっていた。
楽天地ビルと京葉道路を挟んだ南側には城東地区最大のデパートである江東デパートも運営していた。
こちらもよく通っており、今でも内部の様子を覚えている。
これらの写真パネルは、開業当時からあった仲通路に掲示されています![]()


