takeshima  
最近、韓国との間で「竹島問題」が起こったり、中国では「日本製品不買運動」が起こったり、「イトーヨーカ堂襲撃事件」があったりと「反日運動」が活発に行われているようです。
これは、私から見ると非常に滑稽なものに見えます。

これほど人々の生活がグローバル化し、資本、企業、情報、消費者が国境を越えて移動する時代に、「国家」を単位として物事を考えるのはいかがなものでしょうか。

 大前研一氏は、著書「 地域国家論―新しい繁栄を求めて 」の中で、大変興味深い見解を示しています。

「4つのC(資本、企業、情報、消費者の国境をまたいだ動きによって、ふさわしい規模をそなえた経済単位を持つ地域なら、世界のどこに位置しようと、発展に必要なものを何でも手に入れられるようになった。近くにある資源だけに頼る必要はない。よそから資源を引きつけ、それを実際のユーザーが使えるようにするのに、中央政府に頼ることもない。つまり、主権国家の政府はこれまで「仲介者」の役割を果たしてきたが、それは無用になってきた。4つのCのグローバル市場はすべて、放っておいてもうまく機能しているので、国はもはや交渉をまとめる役割を果たす必要がない。それどころか、国は大きな問題をかかえていて、何かと4つのCの邪魔をしている。グローバルな問題の答えは、国の介入なしに、必要なところへ流れていく。実際の動きをみると、そのような介入ができなくなったからこそ、うまく流れるようになったといえる。

・・・・主権国家は経済単位としては不自然なものになってしまった。経済単位として機能しなくなったと言ってもいい。」

例えば、日本製というラベルがついているものですら、一部の部品は中国で作られたものであったりする・・・・
もはや、国家単位で人が主張を持つことなど、時代遅れもはなはだしいですね。



※余談ですが、ライブドアのニッポン放送買収騒動で明らかになった「既存メディア」 は、
ここでいう「国家」に似ていないでしょうか?