- 涙の続き (華原朋美)
ライブドアニュースに「華原朋美の注目度 」
という記事があったので、取り上げてみます。
※以下、引用
「一時はトップアイドルとしてミリオンヒットを連発。
しかし、恋人の小室哲哉にフラれたことがきっかけで
心身ともにボロボロになり、
一時は華原が芸能活動を続けるのは絶望視されていた。
だが、最近の活躍ぶりには目覚ましいものがある・・・・
かつてのスキャンダルがトモちゃんを大きく成長させたということだろう。」
※引用、以上
確かに元気に芸能活動されていることと思います。
しかし、私はまた別のことを考えました。
それは10年前に華原朋美さんを輝かせていた小室哲哉氏のことです。
10年前の小室哲哉氏をギラつかせていた「浪費感覚」というものを
今の小室哲哉氏は失ってしまったのではないか、ということです。
「浪費感覚」・・・
10年以上前に小室哲哉氏が書いた「 告白は踊る 」の240ページ、
「発信地としての東京」から引用します。
(以下、引用)
「・・・・発信とは浪費である。
浪費とは新しさの供給の原動力だ。
新しさの供給とは発信である。
このサイクルが高速で回るのが東京だろう。
だから文化を波状的に送り出せるのだ。
東京のクリエイターは労力も才能も浪費して生きる。
新しいものをつくり、あるいは仕込み、もしくは仕掛け、
それを提供した時点で早くも次に取り掛かる。
このローテーションが「ゆとりがない」という人もいるが、
僕は嫌いではない。肌に合っていると思う。
ちなみに、日経新聞によると、
ゆとりから導かれる暮らしやすさ度では富山県が全国一位らしい。
が、富山が東京と比べられるほど、
新しいカルチャーを発信するようになるとは考えにくい。
それはきっと富山という暮らしやすい場所には
消費はあっても、浪費がないからだろう。・・・・」
(以上)
そして、ここで小室氏が東京について書いていることが
そのまま当時の小室氏を表していると思います。
当時の小室氏は輝いていましたし、高い実績も出していました。
華原朋美さんを輝かせていたのも小室氏なのだと思います。
- 小室 哲哉 著、
- 「 告白は踊る 」☆