新元号あけましておめでとうございます。

先程はボクの一人芝居にお付き合い頂きありがとうございました。

 

(チョトマテチョトマテぴろりり~ん、生放送じゃないから、付き合ってる人、誰もいないよ)

 

「り」がひとつ多いような。まぁ、ご愛嬌(?)

 

 

ボクの平成という時代の実感は、脱家庭、脱農村だったような気がしますね。

先程の収録では平成の災害の多さを話題にしましたけど、

やはり昔ながらの農村社会が、三次産業に移行していく中での課題に、日本は直面したように思いますね。

 

昭和と平成をまたぐようにして雇用機会均等法ができた。

前身の「勤労婦人福祉法」は昭和40年代で、この頃はいわゆる高度成長期で仕事が増えて、男性だけではとてもとても手が足りない状況だったようですね。

そこから女性の社会進出が進んでいく中で、徐々に制度を整えていった。

確かに、特に三次産業から見れば女性の社会進出は進んだけれども、それが大都市圏への集中を生み出し、地域の特に生産年齢以下の人口が流出した時代でもあったわけですね。

 

そんな中で、さきの天皇・皇后両陛下(5月1日以降は上皇・上皇后両陛下)の度重なる被災地のご訪問が、平成という時代を象徴するほど、に災害の多い時代を歩み続けた平成でもあったんですね。

 

そんな災害に象徴される平成の時代に、その経済発展つまりは第三次産業化の代償として、例えば災害時の被災地で避難所を運営する生産年齢層の不足、また避難準備情報など早い段階で避難が必要な、政府は「災害弱者」という言い方してますけれども、そうした避難で生産年齢がサポートされる必要のある高齢の方やお子さんが避難行動をうまく取れないなどの問題が露骨に現れた時代でもあったと思うんですね。

 

例えば福島は震災後も、決して穏やかとは言えない地震に襲われ続ける中で、「震災の教訓がいかに活かされた」かが大きな課題として挙がってくる。

でも、これからの時代は徐々にそれも考え直さなければいけなくて、例えば福島は特に若い人がいなくなって、震災と同じような人的な層の厚さは見込めない、露骨に表現すれば老老避難しなければならない状況もあるわけですね。

この人的な層の厚さを、縦に厚くして(地域に若者を増やして)対応するのか、それともこのまま横のつながりを維持して如何におじいちゃん、おばあちゃん同士で迅速な呼びかけと避難を達成するのかの、二択を迫られている…。

 

キリストの隣人愛とかセツルメントとかそこまで誇らしげにそうすべきと私も言えるような人間では無いですけど、やはりそうした三次産業化前の日本に多くみられた農村社会と言うか、居を密にして地域と共にある農村社会が供給していたつながりを、特に災害の起こっている地域でこそ見直さなければいけないし、都市圏の一局集中がもたらす地域の人口減少という側面も、メディアも多面的に伝えていかなければいけないし、居は違えど同じ日本列島に住んで、ひとつの見方をすれば災害という脅威を共有しあっている我々国民も考えなければいけないのかなと思いますね。

 

 

 

そういった面では「令和」は、「和」の時代にしていかなければいけないと私は思います。

 

隣で、いい意味で横に見られる地域的互助の関係、日常で笑い会える中を作っておかないと。

そうした日常の他愛もない井戸端の仲間が、災害などの脅威では、一緒に戦う心強い仲間に変わっていくと思います。

 

やっぱり、いざという時に何かできるという以上に、日常の横のつながり、いい意味で無遠慮な横のつながりこそ、私は平成を経てつながる、令和という時代に求めたいですね。