作曲家それぞれの pianissimo、fortissimoがあります。


鼓動ーbeat は命のあかしであり、産声は音の初めの一歩だ。

死ぬときにはそれらが一斉に静止する。

音楽はその人生のプロセスを描写する。

すなわち自然のプロセスを。

鼓動と声。

それゆえに聴く人たちは安堵する。安堵し、思考にはりついていた事柄からその一瞬だけ解放される.

そしてただ呼吸し自然の流れに身をまかせる。

だから音楽は戦禍をも超えてきた。

逆に言うと、防いでいくことにも繋がるのではないのでしょうか?

音楽家たちが、自分の表現という道具としての音楽ではなく、

原点に大きく戻って演奏することが、今まさに必要になってきているのではないでしょうか?

そのためにまず音楽家自身が、この世界は生き残る世界、

と自分たちで誇ることは

まだ必要なのでしょうか?

アマチュアとプロフェッショナル、学生と教師または研究者、コンクールの参加者と審査員etc....

自分が前者の方の立場であるとき、分をわきまえることを意識できますか?