13年前、六本木に(今の青山ダンシング・スクエアの前身ともいうべき)【スタジオ一番街】というオープンクラスの殿堂スタジオがありました。
私はそこでクラシックバレエを始めました。受けたのは小川亜矢子先生と漆原宏樹先生。もう当時からお2人ともカリスマ的大先生でした。小川先生のクラスは途中ポアントがあったりしたことと、漆原先生のレッスンには男性舞踏手が多く参加されていたため、主に漆原先生のレッスンを受けさせて頂くことにしました。
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今日、あるワークショップの準備のため、東京を訪れました。その用事は午後2時からだったので、早めに行って「午前中に(オープンクラスの)バレエのレッスンを受けよう!」と心に決めていました。
場所は赤羽のマンナ・バレエ団。
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マンナ・バレエ団入口 |
玄関に着くと、緊張でのどから心臓が飛び出しそうでした。だって1999年にスイスに行く前に通っていた時 以来ですから。11年ぶりです。
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マンナ・バレエ団4F玄関 |
スタジオは4Fなので階段を上ると、4Fのドアが開いています。そっと中を覗くとタバコを吸っている懐かしい先生のお顔があるではありませんか!!
私:「すみません。オープンクラスを受けさせて頂きたいんですけど…」
先生:『(11年前と変わらないやさしいお声で)はい、どうぞ』
私:「全然踊れないんですけど」
先生:『私は構いませんよ』
(間)
先生:『以前、お逢いしていますか?』
私:「(……)ハイ」
先生:『お名前は…?』
私:「小林と申します。」
先生:『思い出しましたよ。』
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なんだか泣きそうになりました。
先生は11年前にも増してもっとモダンになられていらっしゃいました。ロマンスグレーの長髪を後ろに束ね。相変わらず、背筋をしゃんと張り、ハリのあるお声でご自分で見本を見せながらパをお作りになられていらっしゃいました。
変わったことと言えば、ピアノの生演奏のレッスンではなくなっていたこと。少し残念でしたが、時代(とき)の流れなのでしょうか。。。
先生のパはとても難しくて11年前も全然できなかったんです。それが今できようはずがありません。でも先生はパ自体を(いつもされている普段のレッスンに比べて)とても簡単に組んでくれ、
『小林君、できなくても大丈夫ですよ』と何度も何度もお声掛けをして下さいました。本当に本当に有難かったです。
相変わらず先生のレッスンは、難しくアレグロなんて全然脚がついていかず、メタメタだったのですが、気分だけは当時にタイムスリップしたような錯覚になりました。本当にここ何年かで最高の2時間でした。
最後に次はいつ来れるか分からないので、恐れ多いこととは思いましたが、先生に
「写真一緒に撮らせて頂いて宜しいですか?」と大胆なお願いまでしてしまいました。
そんなお願いにも先生は快く
『いいですよ。』と答えてくれました。
11年前 5年以上も先生のレッスンに通っていて、先生との写真は1枚も手元にありませんでした。今でもそうですが、撮れるような先生ではないのです。とても恐れ多くて。申し訳なくて。(よく今回は”よくまあ、こんな大胆なお願いをしたなぁ…”と思っています。)
帰り際に先生は握手までして下さいました。
先生との2ショット写真はあまりに貴重なので、ここには載せません。私の机の前にしっかりと飾っておきます。
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漆原宏樹先生 |
先生またいつか(できれば近いうちに)必ず伺います!!本当に本当にありがとうございました。先生ずっとずっとお元気でいて下さい。


