毎日ピラティスがある生活 ~ BASI pilates × PHI pilates ~ -27ページ目

毎日ピラティスがある生活 ~ BASI pilates × PHI pilates ~

PHIピラティスから姿勢評価、運動機能評価、傷害予防学を学び
BASIピラティスからはピラティスの本質、専門指導法を学び
双方の長所を生かし、双方の短所を補いながら、
よりフィットしたピラティス指導をおこなっています。

人から呆れられようが、
それでも毎日ピラティスをする。
大晦日元旦であろうが、
欠かすことなくピラティスをする。

ピラティスが「道」だといわれるならば、
一日として欠くことなくピラティスを続ける意味がある。




森信三さん
その本の中には、


読書は心の食物にあたるもの
そういうものだと表現されている。




肉体を養うために、


人は一日として食事を欠かすことはなく、


また一食欠くことの辛いことを知っている。




肉体に養分が必要であると同時に、


心には養分がいらないとどうして言えようか。




その心の食物にあたるもの、


その一つは「読書」だと書かれていた。




「一日読まざれば一日衰える」


そう覚悟されるがよいでしょう、、と




心の食物。


そう考えたときに浮かぶものがピラティス


またはヨガも同じではないかと頭に浮かびます。




からだの不調でスタジオに足を運び、


45分から90分、じっくり時間をかけてからだを動かし、


その日、もしくは次の日への原動力へとつなげる。




またある人は、


心が落ちつかず、曇った心でスタジオを訪れ、


45分から90分、じっくり呼吸と共に四肢を動かし、


その日、もしくは次の日への “活力” とする。




からだを元気にすると同時に、心も元気にしていく、


これがやはりピラティスの原点だと感じ、


決して忘れることのできない真実だと思い続けています。




同時に、


それを伝える指導者のその心に、


それを伝えるだけの準備ができているのかと、


ピラティスを伝える立場にある自分自身に


毎日問いかけることもします。





心だなんだと言いながら、


その実、それが備わっているか否かは、


日々自分の心に食物を与えているかを思い返せば


自ずから分かることだと森信三さんは書かれています。





言い換えれば、


指導者である自分が、


まず自分のために日々怠ることなく、


自分のためにピラティスをしているかを自問すれば、


その心の準備が整っているか否かはすぐに分かるということ。




心が大事 心が大事と
口先ばかりになることなく


自らがピラティスを実践しまずその心を養うこと。




読書であれば


「一日読まざれば一日衰える」




ピラティスであれば


「一日怠れば、一日衰える」




そう覚悟して、


これからも指導力を磨いていきたいと思っています。

国松亜樹良公式サイト