あたしおかあさんだから 炎上問題に思うこと | ほんとうのピコットさん

ほんとうのピコットさん

子どもの本屋「夢文庫ピコット」店主です。
タイトル「ほんとうのピコットさん」については、
http://ameblo.jp/pikot/archive1-200711.html をどうぞ!

のぶみさんの歌詞 あたしおかあさんだから が物議を醸しているらしいですね。

いわゆる、炎上。カルシファー

 

でもね、この件については、

その通り!と感じる人も、いや違う!という人もいて、

それぞれ自由に発言できるのだから、

わたしたちには、ある意味健全な表現の世界があるのだと思うんです。

(のぶみさんも含めて。)

 

わたしが今回の件で気になったのは、

同じのぶみさん作の絵本 ママがおばけになっちゃった のほうは、

批判を浴びるどころか、売れに売れた・・・ということです。

 

ママたちの中に、自分と違うお母さん像を辛いと思う人がいるのと同じように、

子どもたちだって、この絵本の中で、

死んだママが我が子のことを心配する内容を、辛く感じる子はいるはずです。

 

実は子どもの本でも、

死を特別のこととせず語られることは、しばしばあります。

 

たとえば、ぞうのババール(ジャン・ド・ブリュノフ作 矢川澄子訳 評論社刊)の出だしは、

確か、王であるお父さんが亡くなったので、

ババールが王様になりました・・・と始まっていますよね。
 

また昔話でも、抽象化された恐怖や死は語られます。

ただ怖がらせるのではなく、そのお話に必要な怖さであれば、

小さい人たちにとってもそれは意味のあるものと言われていますし、

また、その怖さを乗り越える準備が出来ていない年齢の子が聞いた場合、

わからない(理解できない) ことで守られる、とも言われています。

 

そんな訳で、小さい人たちのまわりには、

怖いお話や死についてのお話は、案外多く存在しています。

 

でも、ママがおばけになっちゃった にあるような、

自分のママが死んで、

自分のことを心配しておばけになってやって来るというのは、

あまりに生々しすぎる不安であり怖さであり、

絵本年代の小さい人たちに必然であるとは、わたしには思えません。

         ・・・→ 親しい人を亡くしたお子さんのための絵本

 

この絵本は、出版界では記録的なヒット作になりましたが、

ピコットでは、そういう理由からおすすめしませんでした。

読み聞かせなどで絵本と深く関わるお客様からも、

 顔オコジョ女 こんなに売れている理由がわからない・・・。

といった戸惑いの声を聞きました。

 

にも関わらず、今回のように炎上したりはしませんでした。

大人にとって感動的であることで、この絵本は受け入れられたようで、

子どもの心を傷つけるな!

といった批判の声は、大きく上がりませんでした。

 

わたしが今回の あたしおかあさんだから 炎上問題で感じたのは、

同じようなことが起こったとき、

小さい人たちは自分を守る術をもたない

のだ・・・という現実です。

 

小さい人と絵本を読む立場のわたしたちは、

こういうことに、もっと敏感にならなくてはいけないですね。

声の大きい人が表現に圧力を掛けるということではなく、

冷静に、理論的に語り合えるようになりたいものだと思います。

 

 

 

スーホの白い馬

大塚勇三再話 赤羽末吉絵 福音館本体¥1,300..

 

愛馬を奪われる辛いお話ですが、

描かれる理不尽や怒りや悲しみが必然であることが、

世代を超えて読み継がれている理由でしょう。

 

 

 

 

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