胸倉を掴んでやろうか。こんな非力な自分でもひとり顔を打ち抜くぐらいはできる。
正義を振りかざすべきか。こんな鈍でもひとり叩き斬るぐらいの正義は残っている。
理想は妄想に止め、幻想は喧騒に掻き消されるように。深く沈めば戻れなくなる。殴った拳に手応えはない。振り抜いた剣に感触はない。
路傍の石が憎い。憎い。みんなはやさしいね。俺にはできない。視え過ぎてしまう。視界の端でもひとたび動けば意識が離せなくなる。許せるはずがない。憎い。憎い。労せずして物を得ようなどと。
靄がかかってくる。黒い靄が晴れたと思ったのに。赤い靄がかかってくる。
呑まれはしない。いつだってそうしてきたように、取り込んでいくだけだ。