「おれらが高野の副社長の息子ってこと。ウチの会社の人たちや北都家の人たちに内緒ってことになってんねん、」
天音は母にそう言った。
「それは・・初音が色々考えているんじゃないかしら、」
「まあ確かに『色々』はあるのかもしれないけど。一番は。兄ちゃんが北都のお嬢さんに知られたくない・・なのかもしれないなって思ったり、」
天音はうーんと天を仰いだ。
「北都の、お嬢さん??」
「うん。彼女に知られたくないが一番なんじゃないかなーって。おれは思ってる、」
「どういうこと??」
母は首を傾げた。
その頃父はコンクールの会場で久しぶりに音楽を聴いていた。
耳を悪くして調律の仕事をやめてからはこういうことは全くなかった。
天音が調律をしたピアノの音は
特別だった。
元妻に会うことは少し怖かったけれど、やはり来てよかったと思っていた。
妻と別れてから自分の人生を否定しながら生きてきた。
どこで間違えてしまったのかを気づいたら考え込んでいる。
彼女と一緒になったことが間違っていた、と思うことが怖くて。
子供たちに申し訳なくて。
さらに落ち込む。
兄が亡くなった時、父親に丹波に戻って欲しいと言われた時に断ることもできたのかもしれない。
でも。
できなかった。
コンテスタントが奏でるシューマンの幻想小曲集『飛翔』がホールに響く。
力強く、それでいて軽やかで。
シェイのピアノの特性が良く出ていた。
やや硬くもあり、そこが切れ味の良いナイフのような鋭利さを感じさせそれでもどこまでも透明感ある音になっている。
天音が8年間頑張って造り上げてきた『音』を身体で感じられていることが本当に嬉しい。
ずっと背負ってきた重い何かが少しずつ消えてゆくような。
そんな気持ちになっていた。
「もう!早くしてよ・・。いつまで・・」
真緒はなかなか部屋から出てこない母にイライラしてノックをしてその返事を待たずに入って行ってしまった。
するとそこには。
今まで見たことがない華やかで艶やかな紋様が入ったワンピースに身を包み、普段はほどんどしないばっちりメイクをした母が鏡の前でチェックをしていた。
思わずゴクっとツバを飲み込んでしまった。
・・女優じゃん
びっくりするほど美しいその母の姿に真緒は立ちすくんでしまった。
父は天音の作った音に感動します・・そして北都家では。
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