天音はそんな二人を見て気が抜けた。
そしてひとつ息をついてリュックを再び背負った。
「・・お父ちゃんのために。帰るわ、」
「天音、」
「風ちゃん。じゃあな。」
「おう。またな、」
勝手に挨拶をして出て行った。
天音は黙って初音の運転する軽トラの助手席に乗り込んだ。
会話なく発進した。
しばらく走って橋の手前に来た時に
「停めて、」
天音は言った。
「え、」
わけもわからず路肩に車を止めた。
天音はさっさと外に出て橋を渡って真ん中あたりで川を見つめた。
水の量は少なく。
河原には石がごろごろとしていた。
「こんな川が。氾濫するんやなあ。自然て。怖いな、」
天音は嘘みたいに静かな川を見やった。
「お父ちゃんが。『いつもと川の流れる音が違う』言うてな。すぐに車出して。みんな乗っけて。近所にも早う逃げるように触れ回ってな。 公民館は高台にあったからそっちにみんなで逃げた。 その時まだ川の水量、ちょっと多いかなあってくらいで。大丈夫やって逃げへんかった人もおって。家の二階になんとか避難して救助されてた人もいた。」
初音はあの時のことを思い出していた。
「さすが。お父ちゃんの耳。」
天音はふと笑った。
「おれも。この前セリシールが水漏れしてるのすぐ気づいたんやで。誰も気づかへんかったのに。すごない?社長にめっちゃ感謝されたわ、」
それには笑ってしまった。
「おれ。強がってるわけでもなんでもなく。ほんまにお母ちゃんに会いたいとか恋しいとか。思ったことなかったで。」
天音はふっと真面目な表情になった。
初音はゆっくりと彼の横顔を見る。
「あー。お母ちゃん子供置いてたんやもんなって諦めてたトコもあった。うん、でも。そんだけ。全然寂しくなかったし、お母ちゃん恨むとか?そこにも思いが至らなかったんだよねーー。今思うと不思議・・」
あんなに怒っていたのがウソみたいに天音は欄干に頬杖をついて普通の調子で言った。
「すべて。兄ちゃんがいてくれたからや、」
ゆっくりと隣の兄を見た。
「え・・」
「おれが。兄ちゃんが一生懸命育ててくれたこと。なんとも思ってへんて。思ってたん・・?」
天音の顔が歪んだ。
「感謝も。なんもしてへんて。思ってたん?」
泣き顔を見られたくなくてまたプイっと横をむいた。
「天音、」
「おれが調律師の資格取るのに学校行くって言った時。金渡してくれた時。ほんま嬉しくて。・・そうじゃない人生は行かなかったけど、絶対、絶対お父ちゃんと兄ちゃんとここで暮らす運命で良かったって。今は思ってる、」
とうとう欄干に突っ伏した。
天音が怒っていたのは。兄への感謝の気持ちが伝わっていなかったことでした・・
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