「・・懐かしいですね。 このお店。 かわってない・・」
ゆうこは和食の創作料理を出す店の掘りごたつの席につきながらあたりを見回した。
「ここはお客さんと今でもお昼の接待に使ったりしています。 とてもみんな喜んでくださって。」
真太郎は笑顔で言った。
「このお店。 開拓したのあたしなんですよ、」
ゆうこはいたずらっぽく笑った。
「え?」
「まだあたしが社長の秘書につかせていただいたばかりのころ。 もう、毎日怒られてばかりで。 自信も失いかけていたときにね。 お昼をお客様と社長とご一緒することになったんです。 その時にあたしがこのお店にお連れして・・・」
懐かしそうに当時のことを振り返る。
「社長もとても気に入って下さって。 『とても美味しかったよ。』って笑ってくださったんです。 ・・・小さなことでしたけど、本当にうれしくて。 ・・・会社に帰ってロッカー室で泣いちゃったくらい、」
ゆうこらしいエピソードに真太郎も優しく微笑んだ。
彼女は本当に泣き虫で。
自分より2歳も年上だけど、頼りなくてつい守ってあげたくなってしまうような人だった。
はかなげで
かわいくて
嬉しくても悲しくてもすぐ泣いていた。
強くて体中から活気が満ち溢れていた南とは
まったく正反対の女性だった。
「自分の親って・・・いつまでも元気でいてくれるのが当たり前だってずうっと思っていました。 自分が年をとっているんだから、それ以上に親は年をとるのが当たり前なのに・・・。 あたしの父がガンを宣告されてあと半年も無理でしょうって・・・いきなり言われた時は、毎日悪い夢だと思ってましたから。」
ゆうこはお手ふきで手を拭きながら、しんみりとして言った。
「あの元気な父がって。 死ぬなんてウソにきまってるって。 ・・もう母や兄たちは覚悟をしていたのに。 あたしだけが子供みたいに。」
「・・元気な人でしたもんね。 白川さんのお父さんは、」
真太郎も彼女のキョーレツな父のことを思い出していた。
「あっという間に逝っちゃって。 心配ばかりかけて親孝行なんかひとつもできなかったって・・・。」
「でも。 幸せに結婚をして、お孫さんだって抱かせてあげられて。 それが一番のお父さんにとっての親孝行でしょう、」
「・・・社長が倒れられたって聞いて。 父のことを少し思い出してしまいました、」
ゆうこは話の本題に入るように真太郎を見つめた。
真太郎もハッとして彼女を見た。
「失礼ですけど。 社長はいつお休みになっているんだろうか、と思えるほどお仕事をしてらっしゃいましたし、その仕事ができなくなる日なんて・・・考えもつきませんでした。 いえ。 父の時と同じようにそういう現実を見ようとしなかったのかもしれません。」
その言葉は
自分の気持ちにぴったりとはまるようだった。
「あたしが入社した時には真太郎さんは大学の2年生で二十歳のころでした。 だけど社長につかれて一緒に仕事をされる姿はとてもそんな風に思えなくて。 なんてすごい人なんだろうってずうっと思っていました。 あたしは失敗ばかりで、それにひきかえ真太郎さんはきちんと社長のフォローの仕事もこなされていたし。 きっとこの人なら立派にホクトを継いでいかれるって・・・。 信じていました。」
ゆうこは穏やかな目でそう言った。
「ぼくは・・・そんな立派な人間ではありません、」
自信なさ気にそう言う真太郎に
「・・・いいえ。 あたしは真太郎さんのことをずっと尊敬してました。 そして。 ・・大好きでした、」
ゆうこはきっぱりと
そして
堂々と真太郎の目を見てそう言った。
時を越えての
彼女のその『告白』に
真太郎は胸の鼓動が速くなるのを感じた。
十数年越しのゆうこからの『告白』に真太郎はそのころを思い出し、胸が熱くなります。
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