「ちょっとぉ・・・。事業部にいるくせにさあ、おれのこと知らないってどういうこと? 社員教育なってないんじゃないの?」
真尋は不満そうに南に言った。
「この子、音楽にはシロウトやし。 しゃあないやん。 ま、あんたもまだまだってことやな。」
「なんか腹減ったなあ。たいやき食いたくなってきた。」
たいやき・・・。
夏希はゴクっとツバを飲み込んだ。
「しゃあないなあ。 もう帰ってくるなり。 加瀬、悪いけど、会社出てちょっと行って右曲がったトコに『三島屋』ってたいやきとか売ってる店あるやろ?」
「は、はあ・・」
もちろん知ってますよ・・・。
「そこでたいやき買って来て。 んで、領収書も貰ってきてな。 そこのおっちゃん、しょっちゅう行ってるからわかってるから。」
夏希にお金を手渡した。
この大都会に
タイムスリップしたようなこの店があることは入社してすぐに気づいて、甘いもの大好きな夏希は何度か訪れたことがあった。
店先でたいやきを焼いていて、他にも昔ながらのワッフルや豆大福なんかもあって、それがものすごく美味しかった。
「あのう・・・たいやきを、」
店のおじさんに声をかけた。
「はいよ。 いくつ?」
あれ、
いくつ買えばいいんだろ。
2個くらいかな・・。
迷っていた。
おじさんは夏希の首にかかった社員証を見て、
「ああ、北都のクラシック事業部の人?」
と言ってきた。
「は、はい・・・。」
「んじゃあ、6個だ。」
何も言っていないのに、焼きたてのたいやきを袋に詰め始めた。
そして、何も言っていないのに、領収書もサラサラと書いてくれた。
ここのたいやきはあんこがすごく美味しいのはもちろん、皮も絶妙な焼き加減で。 昔ながらのたいやきの趣をかもしだしている。
あ~、いいにおい・・・。
夏希は鼻から『たいやきの香り』ごとの空気をいっぱいに吸い込んだ。
「あ、買ってきました・・。」
夏希は真尋にまだほかほかのぬくもりのあるたいやきの袋を差し出した。
「お・・・『三島屋』のたいやきだあ・・・なっつかし・・」
彼は子供のように喜んだ後、
「ん???」
その袋を覗き込んで固まった。
ギクっとして、
「な・・なにか・・・」
夏希はおそるおそる彼に言う。
その無精ヒゲ面で強面の彼からジロっと睨まれた。
「おまえ・・1個食っただろ・・・。」
「えっ!!」
夏希は胸を押さえて心臓が飛び出ないように気をつけた。
「『三島屋』でたいやきを買うときはいっつも6個って決まってんの! なんで5個しかねーんだよ!」
「ろ・・6個も食べるんですか・・・」
そこに驚いた。
「おれが行くと、もう顔見ただけでオヤジは6個入れてくれるの!」
夏希は堪忍して、
「す・・すみません! ほんっといい匂いだったんで・・・。 今日の昼も! 社食で『きつねうどん(小)』だけだったんで・・・偶然なんですけど! さっきっからたいやきが食べたくて、そればっか考えてて!」
半泣きで謝った。
「あんた、なにしてんの、」
電話をしていた南がその様子に二人のところに歩み寄る。
「こいつがおれのたいやきを1個食ったんだっ!」
真尋の怒りは収まらない。
「すっ、すみません!! ほんっと! 美味しそうで・・・」
夏希が平謝りすると、南は呆れたように
「1個くらいええやん・・・。」
と真尋に言った。
「お、お金は返しますから・・・」
夏希はポケットから財布を出すが、
「ああ、ええって。 も~、ほんっまたいやき1個くらいで卑しいな・・・。相変わらず。」
「たいやき6個と5個じゃ、えらい違いだろっ!」
まだ怒ってるし。
なんなんだろ・・この人。
普通ピアニストって
華奢で王子のような人がやるもんじゃないの?
この人
ピアニストって言うよりは
完璧、プロレスラーかやり投げ選手って感じだし。
真尋は仕方なくその場で、野獣のようにたいやきをものすごい勢いで食べ始めた。
その様子を傍観していると、またジロっと睨まれて、
「気がきかねえなあ、お茶くらい持ってこいよ!」
と命令されてしまった。
「は、はい・・!」
そのうち、外出していた斯波も戻ってきて、
「あ! おまえ・・またおれのデスクでなんか食ったろ!」
真尋を見て怒鳴りつけた。
「あ、ごめーん。 あんこついてた?」
悪びれることなくそう言った。
「だいたい・・・帰るのは明日のはずだっただろ!」
「いいじゃん、1日くらい。」
おなかがいっぱいになった彼は立ち上がり、
「んじゃ、帰る。」
いきなり帰ってしまった。
「何しに来たんだっ!」
斯波はその彼の後姿に吼えた。
たぶん
たいやきを食べにきたんですよ・・・・
夏希はそう思ったがもちろん言わなかった。
『王子』とは程遠い真尋に夏希は圧倒されっぱなしで・・