小さい頃、私の周りには、手芸の得意なお母さんたちが沢山いた。
自分のお母さんをのぞいて・・・。
今でこそ、ビーズのアクセサリーは
「売ったらいいのに!」と思うかわいいものを作り溜めている母だが、
立派な針箱はあったけれど、ミシンや、編み物とかはあまりしていなくて、
手とり足とり教えてもらうことはなかった。
祖母はよく
「あの子には教えなかったからね」
と言っていた。
そんなこともあって、
浴衣も作れてしまう腕前の幼馴染のお母さんに、
フェルトのマスコット作りを教えてもらいに、よく通っていた。
文化祭の衣装は、
ブティックのお直しも請け負っていて、特別なミシンを家に持っていた
これまた近所の友達のお母さんにお願いしていた。
他にも編み物のできる近所のおばさんがマフラーをくれたり、
着物の洗い張りやさんの娘として育った祖母が話をしてくれたり。
高校生の時初めてオーストラリアへホームステイプログラムで行ったとき、
よくホストマザーとその友達たちが家のソファに座っておしゃべりしながら、
かぎ針でクッションカバーを編んでいた様子は今も鮮明に覚えている。
身の回りのものが自分で作れてしまうということに
潜在的に憧れを抱いていたのかもしれない、と最近思う。