星あかりのありのまま垂れ流し流れ星アセアセ


嫉妬について考えたら

同じ波動帯には

たぶん「見栄」がある。

見が栄える。

中身ではなく、

見られてる箇所のみ栄える。


ハリボテ感。


地に足がつかない感じ。


この度、わたくし、

この人生にて、

見栄だけは、だいぶ一級品に

なったと感じる。


やー、やってんな自分と思う。


そりゃ、前職は微妙だけど、

やはり書面経歴だけなら

知らない人からは賞賛得られる自信あるよ。


だってね。

高校不登校からの

国立大学文系卒からの

準公務員(行政法人)総合職からの

退職&失業給付からの

大学院修士取得からの

駆け出しエンジニアからの

現在、

国管轄の研究施設内で

請負だけどもインフラエンジニアグラサンハート


なかなか見栄えは良いとこまで

戻ってきてるし、

準公務員辞めた際の

身内や周囲からの

「もったいない」は払拭されたと思う。

我ながら笑


だけどさ。


これが

見栄を突き詰めた状態であり、

ありのままから離れた世界であり、

地に足がついてないって事なんだとわかった。

遅いね魂が抜ける


全ては、

嫉妬と見返してやりたいからきてる。

小さい頃に私を嘲笑した全ての人に

私は嫉妬して、見返してやりたかったんだ。

実は、今も完全には脱却なんて出来ない。


それほど、他者からの

バカにされた感や嘲笑は、

悲しくて辛かったから。

傷ついたから。


そう。

高校時代によく感じてた。

なんで私は平均でさえ取れないんだろう?て。

辛かった。

ありのままなんて、

さらにバカにされてしまう。


でも、たぶん

ありのままをバカにする奴は、

そこにも嫉妬がありそうと今なら思う。

見栄をはらなきゃ生きられない群集心理。

人と同じじゃなきゃいけない

あのなんともいえない閉じた世界。


よくよく考えたら

これらが全て同じ波動帯ぽいよなって感じる。


私は私だし、

他人は他人なんだけどもね。


だから、人のちょっとした行動を

身勝手認定して、叩くのだ。

全ては、嘲笑され怒られ、

見っともないと言われた惨めさからきたんだ。


この惨めさは本当に凄くて、

まず、本来のサポートが必要な時期って

これまでの経験から

幼少期なんだなと分かるんだ。

同じような気持ちを持つ可能性のある

子ども達を支援する未来が必要だと分かるんだ。

でも、そいつらが手厚くされてるように見えると腹立たしいんだ。

何故、自分より後の世代が

手厚いサポートされてんだ?と。

私は誰も助けてくれなかったじゃないかと。


ここが、なかなか

インナーチャイルドワークじゃ難しいんだ。

怒りは、嫉妬は、悲しみは、

なかなか難しいんだよ。

原点のとこをイメージしないと難しいんだ。


しかし、

大人になってからだと、

インナーチャイルドワークくらいしか、

解放方法がないんだ。

私の今の感覚でしかないけど、

インナーチャイルドワーク以外の方法だと

過去意識を書き換えるレベルの

世界線飛びするか、

メモリクリーニングレベルの

ホ・オポノポノやるかになる。

これらは、私からすると

解放とは、なんかちょい違うように思う。

現実的な支援だと、

さらに対処療法ぽい。

真にありのままを意識してる支援てない。

個性・適正を

見栄をはらなくても世の中で

発揮して満足に生きられればいいな。

そんな願いが私にとっては、

「適材適所」て言葉に込められるんだ。


だけど、移ろいやすい言葉だから。

見誤らないように。

丁寧に丁寧にあたためていきたい。


でもでも、やっぱり

こんな事を探究して飯が食えるなら最高なんだけどなー爆笑