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こんにちは。
星あかりです![]()
ネガティヴ・ケイパビリティの本を読んでます。
1番幸福が見えなくなってしまうのは、
集団の中で圧倒的に孤立を感じた時か
死ぬという事の輪郭が見えた時なのかなと
思っています。
どちらもそれまでどんなに誠実なように生きていたとしても、
体感からの性質でなければ
メッキのように剥がされ荒れていくと
私は思っています。
そういえば、
私が高3の不登校時代に初めて
心療内科に行った時、
今とは違い、高齢者がとても多い印象でした。
時代なのか、私が知らなかっただけなのか分かりませんが。
そう考えると、なんだか想いが溢れてきます。
生きてる間の孤立は、本当にこの星のゲームのモードなんだろうと。
「逃げ」てもやっぱり良くて、
ただ、自分で変に責めて後悔するから
死ぬ恐怖に直面した時にさらに
ぐちゃぐちゃになったりするのかなと。
人生は、ある側面を見れば
やっぱり意味なんてなくて、
ある側面を見れば滑稽。
これは、ホラーパニックゲームに似てるのかも。
だから、きっと、魂はやり直しを選択するのかな。
ただ、逃げてちょっと安心した時こそ、
身体の領域をメンテナンスする
タイミングなんだと感じました。
ゲームなら非常に分かりやすい
セーブポイントなのに、
私達は、その順番を簡単に無視するのかも。
RPGでダンジョンに潜っている時、
ホラーゲームで襲われている時、
アイテムはどんどん減るでしょ?
だから、休む時はメンテナンスする。
でも、現実は、
身体のメンテナンスと
精神のメンテナンスが別々になっている。
もうちょっと考えてみます。
スピリチュアル関係の自分の考え方を
刷新中。
自分は、やっぱりチャネリングとかの
お役目担当は、今のところ違う。
また、確かに占いとかセッションには
ワクワクするけど、
提供したいものとは思わない。
みんな、本当は、
自分が出来るようになりたい
が、あるんじゃないかなと思う。
でも、なりたいだと執着になる。
あるいは、簡単な事も困難になる。
本当は簡単であるをニーズにしたい。
売りにしたい。
仲間なんだけども
一回で伝授完了が素晴らしい。
思想は表現活動だから、
それはその人領域だ。
ただ、知るだけで簡単になるテクニックを
売りにする。
たぶん、ヒプノセラピーが
自分の場合は、的を得てそう。
ヒプノセラピーは面白い
を売りだす役目ならいけるかも。
