大河ドラマ「いだてん~東京オリムピック噺~」第39回~懐かしの満州 | 日々のダダ漏れ

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大河ドラマ 
「いだてん~東京オリムピック噺~
 



第39回~懐かしの満州

 

 

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<病室>

知恵) かわいそうに…。

 うん? 意識なくても鼻毛って伸びるのね。

 抜いてあげるね…んっ!

五りん) 師匠、お酒買ってきました! ちーちゃん…。

(起き上がる志ん生)

志ん生) 遅いよ。待ち疲れしちゃったよ。酒買ってきたか?

五りん) はい!

知恵) ちょっと何…?

志ん生) 鍵閉めろ鍵。

五りん) あっ…。

志ん生) カーテンカーテン。

五りん) はい。

知恵) どういうこと?

五りん) いや…もう元気なの。

 だけど、おかあさんやねえさんには、内緒。

知恵) え~何で?

志ん生) 酒飲みてえからじゃねえか。

五りん) 師匠、一級酒ってこれですか?

志ん生) これお前…ウォッカじゃねえか! 

 これは駄目だよ。俺はこれで昔、ひどい目

 に遭ったんだか、ら満州で。

知恵) 満州? えっ、おじいちゃん満州行ったことあるの?

志ん生) あるよ。

五りん) えっ? いや、あっ…。

知恵) えっ?

五りん) ちーちゃん、その話僕何回もしてるよね?

 あの、ほら…ほらほら…これこれ。

知恵) アハハハ…これ(絵葉書)ね。

志ん生) あれな、戦争が終わる、3か月前ぐらいの頃だな。

 

**********

 

昭和20年3月 1945

 

孝蔵) 満州ねえ…。

席亭) 一月ばかりの予定で、慰問に行って頂けませんかね?

 志ん生圓生、2人の名人に、来てほしいってんですよ。

圓生) 私はようがすよ。空襲で寄席も駄目だし、

 こんな格好じゃ、気分が乗らねえでげす。

席亭) 満州なら、廓噺もやり放題だし、こっち(酒)の方も…。

孝蔵) あっ、行く行く。行きます。行くでげす。

 

**********

 

<孝蔵の家>

ラジオ) 「大本営発表…」。

子ども) また梅干し~?

おりん) 「また」とか言わないの。

子ども) だってお芋とかが食べたいんだよ。

おりん) お芋は今食べれないの。

孝蔵) かあちゃん…。

清) 母ちゃん…。

おりん) 何です?

孝蔵) お先にどうぞ。

清) 僕、少年飛行兵に志願するよ。

おりん) 志願って清、この間父ちゃんに

 弟子入りしたばっかりじゃないか。

清) だけど、日本が世界中を相手に戦争してる時に…。

孝蔵) 俺は反対だな。呼ばれてもねえのに兵隊さん

 行くなんざ人がよすぎだ。やめとけやめとけ。

清) でも…!

孝蔵) 「でも」じゃねえよ。

 師匠の言うこと聞けねえのかこの野郎。

おりん) で、お父ちゃんは?

孝蔵) 僕、中年飛行兵に志願するよ。

 プッ…ハハハハハハ! うそうそうそうそ。

 うん、うん…ちょっくら、満州行ってくるわ。

おりん) 満州?

孝蔵) 慰問。向こう空襲がねえっていうからよ。

 あっ、仕事もいくらでもある…。

おりん) 酒が飲めるからだろ! 女房子ども置き去り 

 にして、自分だけ安全な場所に逃げるんだね。

孝蔵) たかだか1か月だぜ? ああ、満州行って

 兵隊さん慰問してがっぽ…。

美津子) 行かせてあげようよ。だってお父ちゃん、

 いてもちっとも頼りにならないもん。

喜美子) そうね。空襲警報鳴ると真っ先に逃げちゃうし。

孝蔵) そんなことねえだろう!

強次) お父ちゃんは、意気地なしだ。

喜美子) そうだね~よく言った。

孝蔵) 何だてめえら、一体誰の稼ぎで飯食って…。

(空襲警報)

(真っ先に逃げる孝蔵)

孝蔵) どけ、おめえら! どけ!

 

**********

 

(空襲で家が燃えている)

美津子) 行っといでよ、お父ちゃん。住むとこは何とかする。

喜美子) そうよ! 私たちならどうやっても生きていけるん

 だから。父ちゃん満州で好きなだけ飲んできなよ。

強次) 行っといで。

おりん) 達者でね。

(炎を見つめるおりん)

 

**********

 

5月/満州 大連

 

志ん生) そんなわけで、酒飲みたさに、満州に行ったんだ。

 最初に着いたのはな、大連という街でな、日本と全然

 違って、空襲もねえし、戦時中ってのが信じられないく

 らい、みんなのんきに暮らしてやがった。

 初めのうちは、極楽だったよ。軍隊の慰問と、日本人相手

 の興行、どこに行っても、大ウケで。ひとつきって約束だっ

 たが、気が付いたらふたつきたってたよ。

知恵) あの頃は日本が負けるなんて誰も思ってなかったもんね~。

五りん) えっ? あの頃? えっ、ちーちゃん記憶あるの?

 えっ、いたの?  満州に?

知恵) …で、どうなの? おじいちゃん。

 会ったことあるの? ほら、五りんのお父さんと。

志ん生) 変なのがな…訪ねてきたことはあったな。

 確か大連だったかな?

 

**********

 

(露天商が日本兵に突き飛ばされる)

(売り物の絵葉書が地面に散らばる)

(絵葉書を拾ってやる男)

男性) シエシエ…シエシエ兵隊さん。

(絵葉書を見つめる男)

男性) シエシエ…。

(絵葉書に、満州の街並み)

 

**********

 

圓生) あにさん。

孝蔵) おう松っちゃん、どうだい? 一杯やってかないかい?

圓生) あにさんに、お客人ですよ。

志ん生) お客?

(小松勝が入ってくる)

 

**********

 

圓生) 随分と若いね。学徒出陣かい?

小松) はい。去年から、関東軍に配属されて、

 満州各地の警備の任に就いておりました。

圓生) へえ~。

小松) ばってん、部隊ごと、沖縄に配置換えになるとか。

孝蔵) …で、何です? あたしに用ってのは。

(圓生を見る小松)

小松) 色男ですな~。

圓生) あんたほどじゃないよ。

小松) 芸のことはいっちょん分からんばってん、

 おなごの特徴ばよう捉えとりましたな~。

 

(回想)

圓生) 「やきもちをやかせるんじゃないよ。

 間夫は勤めの憂さ晴らし」。

 

圓生) どうも。

小松) それに引き換え、こっちん人は…。

 

(回想)

孝蔵) 「え~い火事だ火事だ火事だ火事だ火事だい!

 どけどけどけどけ! 邪魔だ邪魔だ邪魔だい!」。

 

小松) せからしか! ガッチャガチャしとって聞きづらか!

 そもそも、あぎゃん走り方では1里も走れんばい。長距離

 ばもっと、ぎゃん上体ばそらして、ぎゃん顎ば引いて、こ

 ぎゃんです…ええ、こぎゃんです。あと呼吸法もなっとらん。

 2つずつ、スッスッハッハッ、スッスッハッハッ。しゃべる時

 は立ち止まってしゃべる。終わったら走ればよか。

 まっ、詳しくは、これば読むとです。

(「ランニング」と書かれた本を差し出す小松)

孝蔵) それを言うために、わざわざ来たのかい?

小松) そぎゃんです。

孝蔵) 何だこの野郎! 表出ろ!

小松) 「ランニング」ば…。

孝蔵) ぶっ殺してやる!

小松) ばっ! ちょ…ちょっと…俺は、もっと、走り方ば…。

孝蔵) うるせえ!

小松) あと歩幅は…。

孝蔵) うるせえ! 出てけこの野郎!

 沖縄でもどこでも行っちまえこの野郎! 何だありゃ!

圓生) あにさん…沖縄はじきに陥落するって噂でげすよ。

孝蔵) えっ…そうなの?

 

**********

 

7月/奉天

 

志ん生) そのあと、奉天って街へ行ったんだが、そこで、

 放送局から来た、若い社員の世話になってな。こいつが、

 芸人顔負けの、歌も歌えりゃ話もうまい、芸達者な男でな、

 こいつが後の…。

 

孝蔵) やっぱあんたうまいね、うん…。

森重久彌) いやいや。

孝蔵) 名前なんだっけ?

森繁) ちょっと! 森繁ですよ。森繁久彌。

孝蔵) あっ、そうだ! 繁さん。

圓生) なあ、繁さん…。

森繁) うん?

圓生) いい加減帰りてえんだが、船はいつ来るんだい?

森繁) それなんですがね…船の燃料が、足りねえそうで。

孝蔵) う~ん、どうりで最近日本のお酒が手に入らないわけだ。

圓生) ひと月って話がもうみつきだ。どうなってんだ? 日本は。

森繁) (せき払い)ちょいと…ちょいちょいちょい…。

 ついに、沖縄の、日本軍は、全滅したそうですよ。

孝蔵) えっ、えっ…するってえと、この間の、若え兵隊さんも…。

圓生) おだぶつでしょうな。

森繁) アメリカだけじゃないですよ。ソビエト軍が、中立条約を

 破って、北から、日本に攻め込むってうわさもある。

圓生) そうなると、ここはソビエトの真下だから…。

森繁) ここが、最前線ってことになります。

 

**********

 

志ん生) それでもまだ、「神風日本が、戦争に負けるわけは

 ねえや」なんて思っていたが、それからしばらくして、広島と、

 長崎に、変なもんが落っこったって、うわさが流れたんだ。

 

(クラクションと逃げ惑う声)

孝蔵) おっ…これ、どうなってんだい? 

 ちょ…ちょちょ…これ何の騒ぎだい?

男性) ソビエト軍が攻めてくるんだってよ。あんたら

 こんなとこにいると、殺されちまうぞ。

孝蔵) あっ…どうすればいいんだ?

(孝蔵の巾着がひったくられる)

孝蔵) あっ、てめえ…この野郎、待て!

 こら、返せこの野郎…バカ野郎! ちょ…返せ!

 

**********

 

<路地>

孝蔵) おい! 返せこの…。

(巾着を振り回す小松)

孝蔵) てめえ、この前の…。

小松) だいぶマシになりましたな、圓生さん。

志ん生) 志ん生だ。圓生は、こいつだ。

小松) ばってんもっと、ももば高う上げんと、長距離ば走れんばい。

孝蔵) 何言ってんだ…。

小松) あと呼吸ば、「スッスッハッハッ、スッスッハッハッ」。

孝蔵) うるせえ返せこの野郎!

圓生) おにいさん、沖縄、行かなかったんですか?

小松) それが…出発の前の夜に…。

 

(回想)

分隊長) 日本はもう駄目だ! 死にたいやつは行け。

 妻子を内地に残してきた者は、今すぐ逃げろ!

一同) 逃げろ?

分隊長) 今なら見逃してやる!

一同) 分隊長…。

分隊長) 俺は死ぬのが怖い!

兵隊) 何を言ってんですか、分隊長!

分隊長) 逃げろ~! 逃げ続けるんだ!

 そうすれば遠からず戦争は終わる! うわ~!

一同) 分隊長!

 

孝蔵) そいつはお前さん、いい隊長に恵まれたじゃねえか。

小松) お二人は、どぎゃんするとですか?

圓生) 大連に戻りますよ。

孝蔵) おっ、そうなのかい?

圓生) ああ…興行師が切符くれて。あそこの

 映画館で、あにさんと二人会やってくれって。

小松) おるも、ついていってよかでしょうか?

圓生) そいつは駄目だ。

孝蔵) 松っちゃん…かまやしねえじゃねえか。

圓生) 逃亡兵だよ? 敵味方、両方に追われてる。

 私は、御免被りますよ。あにさん行きましょう、早く。

孝蔵) じゃあ…俺らこっち行くから。

 お前そっち行きな。なっ? これでお別れだ。

男性) (中国語)

小松) 待って…。

(銃声)

男性) (中)ぶっ殺す! 死ね!

(日本人が撃たれる)

(孝蔵たちに銃を向ける男)

(小松が絵葉書を拾ってくれた兵隊だと気付く男)

男性) (中)次は殺す。

 

**********

 

<病室>

志ん生) 危ねえとこだった…。

 お前の親父さんのおかげで、命拾いしたよ。

五りん) あっ…。

志ん生) そのままな、3人で大連まで戻って…

 そこで終戦を迎えたんだ。

 

8月15日/大連

 

(玉音放送)

圓生) 日本は、負けたんだ…。

孝蔵) 何!?

圓生) これは、陛下のお声でげす…。

小松) そぎゃんバカな…。

(諸手を挙げ、飛び跳ねる中国人たち)

(中国人たちの歓声)

孝蔵) うるせえこの野郎! あっあっあっあっ…。

 

志ん生) 日本が負けた途端、中国人が、あっという間

 に豹変して、日本人がやっていたところは、どこもしっ

 ちゃかめっちゃかにされちまった。

 

(荒らされた劇場)

小松) ここから、仕返しの始まるとですね。

孝蔵) くだらねえこと言ってねえで、酒でも買ってこい。

圓生) 酒ならありますよ。興行師んとこ行ってみたが、

 もぬけの殻だったんで、かっぱらってきたでげす。

 ウオトカですけど。

孝蔵) ロスケの酒か。

圓生) あにさん、しばらくはここに住んで、様子見ましょう。

 おい、強え酒だからほどほどにしねえと。おい、ちょっと…。

(ウォッカをラッパ飲みする小松)

小松) 日本に帰りたか! りくに会いたか! 金治と遊びたか!

 金栗先生と走りたか…。な~し…おるはこぎゃんとこに!(泣)

 

**********

 

圓生) へえ~。じゃあその、金栗さんって人と、

 熊本から一緒に上京したんだ。

小松) そぎゃんです。マラソンで、東京オリンピックば目指して、

 そるが…。先生ばい…金栗先生と出会わんかったら、熊本に

 おったとに! あ~! そしたらりくとも出会えんばい。

孝蔵) 何言ってるか分かんねえぞほら、

 はい、その辺にしときなほら。

小松) あ~韋駄天か、サボテンか、知らんばってん、あぎゃん

 身勝手な男はおらん。働いてるとこ、見たことなかけんね。

 走っとるか、笑っとるか、飯食っとるかだけんね! 

 どうしようもなか!

孝蔵) ハハハハハ…さてはお前さんも、酒でしくじるやつだね。

圓生) まるで、「富久」の久蔵でげすな。

孝蔵) ヘッ…違えねえや。

小松) せからしか! 噺家風情が…。チキショウ!

 (酒を飲み)あ~! 走りたか…。戦争は終わったばってん、

 日本は負けたけんね。オリンピックにゃ出られん。

 永久に出られんけんね…。チクショウ…。(酒を飲む小松)

圓生) あ~ちょっとよしなさいよ。

 2、3杯で立てなくなる強え酒だよ。

小松) (圓生に)志ん生さん、家族は?

志ん生) だから、俺が志ん生だ。なっ? ジャリは4人だよ。

圓生) 圓生には、6人いるよ。

孝蔵) えっ、6人!?

圓生) 久蔵さんは?

小松) 俺は…1人。五歳になる、せがれがおるとです。

孝蔵) かわいいかい?

小松) どぎゃんかね? 泣いとるか、笑っとるか、

 食っとるかだけん。へへへ…金栗先生と変わらん。

 ばってん、会いたかね~。

孝蔵) 俺んとこは、上のせがれが、跡継いで、噺家になったよ。

圓生) そうかい。

小松) うれしかったですか?

孝蔵) ヘッ…。照れくさくってたまんないや、ハハハ。うん…でも

 まあ、引き揚げたら、やつの高座聞くのが何よりの楽しみだな。

小松) 息子がオリンピック選手になったら、うれしかでしょうね~。

圓生) その前に、お前さんがオリンピック出なくっちゃ。

小松) ヘッ…そぎゃんたいね~へへへへ。

 ♪逢いたかばってん 逢われんたい 

 たった一目でよかばっ…(いびき)

孝蔵) 寝ちまいやがった。ヘッ。

 松っちゃん、明日どうするよ? 二人会。

圓生) ソ連も攻めてくるってのに、客なんか来ないでしょうな。

 

志ん生) ところが来たんだよ、何だかんだで100人ぐれえ。

 集まったはいいが、暗えんだ、どいつもこいつも。

 

男性) 若い女は皆、青酸カリで自殺したそうですよ。

男性) 女は乱暴されたあげくに、シベリアに、連れてかれるそうだ。

女性) 皇太子殿下は捕虜になって、アメリカへ連行されるらしいです。

男性) まあ、せめて、笑って死にてえもんだな。

男性) さあ、思いっ切り、笑わせてもらおうじゃねえか!

一同) そうだ、そうだ! 早くしろ!

孝蔵) やれっこねえよ松っちゃん。ウケる気がしねえや。

圓生) それじゃ、お先に。

孝蔵) えっ、何やるんだい?

圓生) ここの客には、あれしかないでげしょ。

(拍手)

 

**********

 

圓生) え~居残りの皆さん、ひでえ顔をしておりますな。

 まあ、もっとも、まあ様子のいい居残りがあるってのも、

 おかしな話でございますが。「どうだっていいんだよ、だ 

 からジャンジャン持ってこい。あっ、芸者あげろ、たいこ

 もち呼べ」。…ってんでもうドカチャカドカチャカ大騒ぎ!

 するってえと、「lこんばんは!」なんてね、芸者が繰り込

 んでくる。するってえとね、「かっぽれ」なんか始まっちゃ

 いましてね。え~かっぽれかっぽれ。

観客たち) かっぽれかっぽれ!

圓生) かっぽれかっぽれ!

観客たち) かっぽれかっぽれ!

圓生) よっ、ヨ~イトナ! 

圓生・観客たち) ヨイヨイ!

孝蔵) 何だよ…えっ? うまくやりすぎじゃねえか松っちゃん。

 う~ん、さて俺はどうする? えっ?

小松) あっ、あればやって下さいよ。走るやつ。

孝蔵) 「富久」かい?

小松) うんうんうん!

孝蔵) ヘッ、やだね。

 こないだ誰かさんにケチつけられたからね。

小松) そんなら、距離ば延ばしたらどぎゃんでしょう?

 浅草から日本橋って、せいぜい4、5kmばい。あぎゃん

 大騒ぎしながら走るとなら、せめて10kmは走らんと。

孝蔵) うんだからな、マラソン選手じゃねえんだよ、久蔵は!

小松) 芝まで走ったらどぎゃんですか?

孝蔵) 芝!? バカも休み休み言え。

 お前そんなに走るやつがいるかい。

小松) おりますよ、ここに。走っとりました、毎日毎日。

 芝から浅草、浅草から芝。嘘だと言うなら、聞いてみたらよか。

孝蔵) 誰にだよ?

小松) 金栗四三。

 

孝蔵) え~浅草阿部川町に、たいこもちで久蔵という男が

 おりまして、この男、人間は真面目なんでございますが、

 どうも、酒癖が悪いってのが玉にきずというやつで、つい

 この間も、また酒で旦那をしくじっちゃった。その旦那のお

 屋敷があるってえのが、え~…う~…。

圓生) どうした? あにさん。日本橋だろ。

小松) いや…。

孝蔵) ええ、うん…芝! 芝ですね。

(うれしそうな小松)

 

**********

 

<ハリマヤ>

四三) こんにちは。ご苦労さん。りくちゃん!

りく) あっ、金栗さん。えっ、どちらに行ってらしたんです?

四三) えっ? 芝から浅草、いつものコース。

 ついでに、上野の闇市まで。

りく) あ~闇市。

四三) 米はまだ高かけん、その分、野菜ば。ほい金治。

りく) すいません、たくさん。

四三) 芋も食え、ほれ。

りく) よかったね~。

四三) 小松君から、便りは?

(首を横に振るりく)

四三) 戦争も終わったけん、帰ってきたら、

 また一緒に走って、鍛え直してやるけん。

りく) はい。

四三) なあ金治?

 

**********

 

孝蔵) 「お~い留さん」。「何だい? 久さん」。「ぶつけてるよ。

 おい、火事だよ火事。ちょっと上がって見ておくれ」。「どっち

 だい? 方角は」。「えっ?  あ~…芝。うん、芝見当だな」。

 え~浅草から芝の火事が見えるかどうかってのはまあ、置

 いといて。「芝? しめた! ありがてえ」ってんでやっこさん

 タ~ッと駆け出していった。「え~ううっ…え~…こうかい?

 (上体をそらし、顎を引く)…で、こうで、こうとくらぁ、ア~ッ

 ハハハハ! 火事だ火事だ火事だい! どけどけ! 邪魔だ

 邪魔だ邪魔だ~い! え~誰もいねえな邪魔なやつは」。

 「ブルルル…黙ってちゃ寒くってしょうがねえやコンチクシ

 ョウめ。へへへ…こうなったらもうね、旦那にしがみついち

 ゃう俺は。『旦那~!』って飛び込んでいきゃあきっとなん

 とかしてくれら。『旦那~!』。『おう、久蔵じゃねえか』。『へ

 い、駆けつけてまいりました』。『どっから?』。『浅草阿部川

 町から』。『浅草から芝まで? あ~よく来たな。よし、出入り

 は許してやるぞ』。って言うかどうか分からねえが、ヘヘッ、

 行ってみなくちゃ分からねえや。スッスッハッハッ、スッスッ

 ハッハッ…」。

(孝蔵を見つめる小松)

孝蔵) ヘヘッ、確かにこりゃ走りやすいね。スッスッハッハッ、

 スッスッハッハッ、ちっともしゃべれないけどね。

 スッスッハッハッ、スッスッハッハッ。

(笑う小松の頬に涙がこぼれる)

孝蔵) するってえと、パ~ッと燃える、広がってる炎。

 ダッダッダッダッ、パッパッパッパッとひづめの音。「旦那

 ~!」。「はいはいはいはい。久蔵? お前久蔵かい?」。

 「へい! お騒々しいこって」。「お前さんどっから走ってき

 たんだい?」。「へい! 日本から満州…あっ、いえ違った、

 浅草阿部川町から」。「よし、出入りを許すぞ!」。「あ~

 ありがとうございます。そう来ると思った」。「何だい?」。

 「いえいえ」。

圓生) なるほど、芝の方が面白えや。

孝蔵) 「おい、久蔵! おい久蔵起きろ」。

圓生) あれ?こっちの久蔵どうした?

(横にいた小松がいない)

 

**********

 

小松) スッスッハッハッ、スッスッハッハッ…。

(夜の町を走る小松)

 

**********

 

孝蔵) 「ううっ! あ~参ったねこりゃ。えっ? とんだ火事の

 掛け持ちだ。えっ? 飲んじゃ走って飲んじゃ走ってもう、

 へんてこなっちゃった。へへへ」。

 

**********

 

小松) あ~気持ちよか~!

(街角にポストがある)

(袋から満州の絵葉書を出し、鉛筆で書き加える)

小松) 「志ん生の『富久』は、絶品」。

(ポストの蓋を開ける)

(車のライトが近づく)

ソ連兵) (ロシア語)

(ソ連兵が小松に銃を向ける)

ソ連兵) ヤポーニェツツ!

ソ連兵) ヤポーニェツツ!

(走る小松)

(追いかけるソ連兵)

(地面を蹴る金栗足袋)

 

孝蔵) 「遠くまで走ってきちまったな、えっ? ヘヘッ。

 ここがどこだか分かりゃしねえや。えっ?」。

 「浅草帰れんのかな? これじゃ、えっ? おお…おい、

 ちょっとちょっと待て…旦那、火事はどこです? へい…

 あっ、行きゃ分かる? あっ、どうもありがとうございます。

 何だありゃ? 」。「親切だか不親切だか分からねえ野郎

 だった、ヘヘヘ」。「ワン! ワワワワワン! ワン!」。「ま

 た出やがったな」。「ワワワン、ワワワワワン!」。「何鳴

 いてやがんだい。チクショウ泣きてえのはこっちなんだ。

 え…ってことは、牛込? またそれちゃってるよ、ええ?

 チクショウ! う~こうなったら、走んなくちゃしょうがねえ

 や! スッスッハッハッ、スッスッハッハッ。し~んとしてる

 ね、ええ?」。「おっ、見えてきた! どいてくれ、おい、ど

 いてくれ。俺そこ通んなきゃいけねえんだ、どいてくれ! 

 そこに俺の家があるんだ! 家に帰りてえんだ! ちょっ

 とおい…。空けてくれ! おい、行くぞ、通るぞ。ごめんな

 さいよ、ごめんなさいよ。はい、ごめんなさいよ」。

 

**********

 

(必死に走る小松)

(銃声)

(ソ連兵の銃撃を背中に浴びる小松)

(足がもつれ、体が波打つ)

 

**********

 

(小松のそばにしゃがんだ孝蔵)

孝蔵) こいつ…名前何だっけ?

 久蔵でいいか…おい、久蔵。起きろ…おい…。

 起きろってんだ! おい…おい久蔵!

 おい…おい、起きろ!

(小松を抱き起こす孝蔵)

孝蔵) 寝てる場合じゃねえぞ。おい、久蔵!

 ヘッヘヘ…何寝てんだよ、ハハハハ。

(夜空を見上げ、涙をこらえる圓生)

孝蔵) おい、久蔵! おい、起きろ! 

 おい、久蔵! おい、久蔵!

(ロシア語)

圓生) あにさん…あにさん、あにさん!

孝蔵) 久蔵…。

圓生) あにさん、行こう! ねっ、行こうほら。

孝蔵) おい久蔵…。

圓生) 駄目だよあにさん!

(孝蔵を引っ張る圓生)

孝蔵) おめえ…俺の「富久」最後まで聞いてねえだろ!

圓生) 分かったから…。

孝蔵) バカ野郎、この野郎! 久蔵…久蔵!

 久蔵…バカ野郎!(泣)

 

**********

 

<病室>

(志ん生を見つめる五りん)

知恵) 大丈夫?

五りん) うん。

 

**********

 

(血まみれのシャツと、「志ん生の『富久』は

 絶品」と 書かれた絵葉書と家族の写真)

金治) ねえ、何て書いてんの?

りく) 見な、金治。

(金栗足袋を手にするりく)

りく) こんなに擦り切れて…。いっぱい走ったんだね~。

(足袋を四三に差し出すりく)

りく) (泣)

(りくのそばに座る増野)

 

**********

 

(小松の足袋を手に、道に立つ四三)

四三) (泣)

 スッスッハッハッ、スッスッハッハッ、

 スッスッハッ…ハァ…。

(走り出す四三)

 

**********

 

志ん生) ソ連軍が、本格的に来てからは、ひでえもん

 だったよ。女はみんな連れてかれた。逆らったら、自

 動小銃で、バンバンと来る。沖縄で米兵が…もっと言

 やあ、日本人が、中国でさんざっぱらやってきたこと

 だが…。なら俺もいっそ死んじまおうって、残ってた

 ウォッカがぶ飲みして…。

 

圓生) しょうがねえな。おい、あにさん…。あにさん? 

 あにさん!? 冗談じゃねえぞ、おい! おい、あにさん!

 目覚ましてくれよ、ちょっと…おい!

(バケツの水を孝蔵の顔にかける圓生)

孝蔵) ひぃ~や~!

圓生) 死んじゃ駄目だよあにさん。

孝蔵) 邪魔するな…。

 こうなりゃ…ロスケの酒で死んでやらあ。

(酒瓶をたたき割り、孝蔵の胸ぐらを掴む圓生)

圓生) おい…せがれの高座、見るんじゃねえのか!?

 

**********

 

清) え~一席お付き合い願います。

客) おい、お父っつぁん、どうした? まだ、帰らねえか?

客) 頑張れよ! 

 お父っつあぁんの分まで、しっかりやんな。

客) そうだ、頑張れ!

客) 頑張れよ!

客) しっかりやれ!

客) 頑張れ!

清) え~昔は、真っ白な犬がいるってえと…。

 

**********

 

<バラック>

万朝) こんなことは言いたかねえが…

 孝ちゃん、もう駄目だと思うぜ。

おりん) 強次、どっか行ってな。行ってな!

席亭) 半年、待ったんだ…。もう、志ん生と、圓生の名前

 は、香盤から外しちゃった方が、いいんじゃないかって。

 いやいや…私じゃないよ、みんな、そう言ってるんだ。

万朝) そうすりゃ、6代目志ん生の名前を清ちゃんに…。

おりん) 志ん生はもうたくさんです!

席亭) あっ、そうだ…日本橋の方に、すごくよく当たる

 占い師がいるらしいから、行ってみたら、どうだい?

 

**********

 

<バー・ローズ>

マリー) はあ…残念だけど…諦めた方がいいわね。

 気ぃ落とさないで、まだ若いんだから。

政治) おおっ…。うわ~東龍さん! 生きてた生きてた!

東) 田畑さんもご無事で!

マリー) うるさい…うるさい…。

政治) うるさいババア! まだ占ってんのか?

 当たんないよこんなの。

男性) まーちゃん。

政治) 乾杯だ乾杯。

マリー) 死ぬまで、あんた一筋だったようだよ。

 

**********

 

昭和21年1月 1946

 

志ん生) そんなことは知るわけもねえ。年が明けて、治安

 はだいぶよくなったが、俺たちは、日本に引き揚げること

 もできず、食うや食わずで、満州に居残っていた。

 

孝蔵) すまねえ…俺は飯も炊けねえ、おかずも作れねえ。

 できることと言ったら、納豆かきまぜるぐれえだ、チクショウ。

圓生) それより近々、密航船が出るって噂を聞いたよ。

孝蔵) 松っちゃん一人で乗ってくれ。

圓生) そうはいかねえ

孝蔵) 俺が乗ったら沈むんだよ。

圓生) 所帯持つことにした。

孝蔵) 俺と?

圓生) 女と!

孝蔵) ああ…。

圓生) 小唄の先生でね…。家族持ちは、早く引き揚げ

 れるって噂もある。だから、夫婦のまねごとをしようっ

 て話になったんだよ。

孝蔵) えっ!? いやいや…松っちゃんでもよ、おめえ…。

圓生) あ~日本に妻子がいることは承知してる。

 後腐れねえ関係さ。

孝蔵) うめえことやりやがって!

圓生) あにさんの分も、見繕ってある。

孝蔵) マジかい!

圓生) 義太夫の師匠でね、年増だが小金は持ってる。

孝蔵) いい女じゃねえか。

圓生) うん。

 

志ん生) そんなんで、偽装結婚することになったんだが、

 これがまあ、案の定、写真と全然違ってな…。

 おまけにとんでもねえうわばみで…。

 

(丼でウォッカを飲む女)

女性) が~! おい志ん生! 酒がねえぞ酒が!

孝蔵) いや、ねえさん、飲み過ぎだからね…。

女性) 誰に口利いてんだよ、この野郎!

孝蔵) いやいや…。

女性) 手込めにしちまうぞ、おりゃ!

孝蔵) やめ…やめ…。

圓生) やめましょうやめましょう…。

女性) 圓生、お前は布団を敷け! こら待て! 待て待て!

 待て…おい、おい! おい、どこ行くんだよ!

(雪のちらつく町へ飛び出す孝蔵)

孝蔵) あ~チクショウ、化けもんめ!

 

**********

 

志ん生) そこからが、本当の地獄だったよ。

 今日死ぬか、明日死ぬかと思いながら、

 食うためなら、何でもやったよ。

 

(ゴミをあさる孝蔵)

 

志ん生) ようやく引き揚げ船が出たのは、

 昭和22年の1月。

満州に来てから、2年近くたってたよ。

 

**********

 

昭和22年1月 1947

 

孝蔵) ひと月のつもりが、随分と居残っちまったな~。

圓生) この2年間、芸の肥やしになってますよね?

孝蔵) 当ったりめえだ、べらぼうめ。

 満州なんか…二度と来るか!

美川) ウオトカ~! 

 満州土産にウオトカどうだ~い? 噺家さん…。

孝蔵) あっ?

美川) 噺家さんじゃないですか! 僕ですよ僕、

 僕…美川。見に行ったよ、あんたの初高座。

 途中でやめちゃったやつ。小梅と一緒に…。

孝蔵) 小梅…。浅草の女郎だ。

美川) あ~そうそうそうそう! あと、俥屋の清さんと。

孝蔵) 清公! あ~懐かしいな…。

美川) その時一緒にいた、美川ですよ。

孝蔵) 知らねえな。

美川) そんな~。まっ、いいや。ウオトカどうだい?

 安くしといてあげる。

孝蔵) ウオトカだ? 要らねえんだこんなもん!

 行っちまえこの野郎! 行っちまえ!

美川) いたたたた…あっ、ほら、浅草でも蹴ったでしょ?

孝蔵) とっとと行っちまえ! てめえなんか一生満州にいろい!

美川) 覚えてない? 美川! み~か~わ!

孝蔵) うるせえバカ野郎!

 

**********

 

<病室>

五りん) じゃあ、圓生さんはそのまま満州に?

圓生) どうやって女と別れたか知らねえけど、

 2か月後に引き揚げてきた。

五りん) へえ~。

知恵) ふ~ん。

(ドアを開けようとする音)

美津子) あら? 開かない。お父ちゃん?

志ん生) おい隠せ。

五りん) あっ…今開けます!

美津子) お父ちゃん?

志ん生) とにかく全部隠せ…。

五りん) はい…あっ、すいません。

美津子) 何? 五りんいたの? あら、ちーちゃんも?

喜美子) どうぞ~。

今松) 師匠、どうぞ、こちらです。どうぞ、師匠。

知恵) 誰?

今松) バカ! 大名人、三遊亭圓生師匠だよ。

五りん) えっ!?

知恵) えっ、この人が松っちゃん?

喜美子) お父ちゃん、圓生師匠わざわざ来て下さったよ。

りん) 倒れてから、もうずっとこんな調子で。

美津子) お医者様は

 もう一生目を覚まさないかもしれないって。

(すすり泣き)

(布団からはみ出したウォッカのボトルを見て、微笑む圓生)

圓生) (志ん生の耳元に口を近づけ)

 義太夫女のこと、バラしましょうか。

志ん生) あ~! あ~!

(飛び起きる志ん生)

志ん生) よっ。久しぶり。

 

**********

 

孝蔵) よっ。久しぶり。

おりん) おとうちゃん…。

強次) お父ちゃんだ!

美津子) お父ちゃん…。

孝蔵) 生きてんじゃねえか。

清) お父ちゃん!

喜美子) お父ちゃん!

おりん) おとうちゃん!

(孝蔵に抱きつくおりん)

 

**********

 

りん) おとうちゃん…。おとうちゃん…。

(志ん生に抱きつくりん)

 

**********

 

子どもたち) おとうちゃん!

(孝蔵に抱きつく子どもたち)

 

**********

 

喜美子) お父ちゃん…。

今松) 師匠…。

美津子) お父ちゃん…。

(泣き声)

 

**********

 

孝蔵) また…貧乏に逆戻りか。

おりん) そうだよ。

孝蔵) な~に、今は、俺たちだけの貧乏じゃねえや。

 今度は、日本が飛びっきりの貧乏だ! なっ? なっ? 

 ヘヘッ。みんなでそろって上向いて、這い上がってい

 きゃいいんだからわけねえや! なっ! ハハハハハ!

 

**********

 

昭和22年2月 1947

 

志ん生) え~…ただいま、帰ってまいりました。

子どもたち) お父ちゃ~ん!

(拍手)

志ん生) え~…。(せき払い)

 浅草阿部川町に、たいこもちで久蔵という男がおり

 まして、この男、人間は真面目なんでございますが、

 どうも…ねっ、酒癖が悪いってのが、玉にきずという 

 やつで。この間も、また、酒で旦那をしくじっちゃった。

 え~その旦那のお屋敷があるってえのが…。

 

**********

 

四三の弟子、小松が、いずれ息子が弟子になる孝蔵

に、ついに満州で出会う~の図。出会っちゃったね~。

志ん生の「富久」で、久蔵が走る距離が日本橋から芝

になった瞬間。いや~ホントよく出来た話だよねえ~。

何度でも言うし、書くけど…クドカン&いだてん最高!



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