「カーネーション」
第74回~第13週 「生きる」
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昭和20年(1945)3月14日
岸和田には、
焼夷弾は落ちませんでした。
明け方に、
やっと警報が解除されて。
(仏壇の前に糸子)
糸子) お父ちゃん、また会えたな。
**********
<二階>
(善作の写真と位牌を布で
包んで袋に入れる糸子)
糸子) よっしゃ! こんで安心や。
(袋を枕元に置き、布団に寝る糸子)
静子) 何が?
糸子) え?
静子) 安心なん?
糸子) いや…まあ、安心て。
そら何も安心ちゃうけどな。
不安ばっかしです。
**********
昭和20年(1945)3月15日
岸和田は、空襲を免れたもんの。
糸子) 「B29、約90機、大阪地区に
来襲。大阪尼崎に、焼夷弾を投下、
火災を発生」。
昌子) うわ~やっぱし
大阪も焼かれたんや。
**********
週1回やった防火訓練は、
週2回になりました。
澤田) 気ぃ抜くな!
ほら、生きるか死ぬかや!
(倒れる女性)
美代) はれ、大丈夫け?
澤田) こら! 続けて続けて!
はよ立ちなさい!
女性) ああ~。
澤田) 甘ったれるな!
それでも日本の女か!
美代) ちょっとお宅!
澤田) はあ、何ですか!
美代) どなったらええちゅうもん
ちゃうやろ! 貧血や!
見て分かれへんのけ!
澤田) B29は130機もいてるんや!
のんきに貧血なんか起こしてたら、
焼かれてしまうて言うてるんや!
せや。B29は、130機もいてるっちゅう
のに、バケツの水なんぞなんぼまい
たところで、らち明くかいな。
**********
<空き家>
家主) まあ、ほんまに、雨風しのげる
だけの、ボロ家やけどな。
糸子) いや、けど十分ですわ。
こんだけ広さもあったら。
家主) 夏んなったら、ようけ、
虫出るで。蚊やら、ムカデやら。
糸子) ムカデ?
はあ、そら黙っときますわ。
**********
<小原家>
静子) 疎開?
糸子) せや。心当たりを片っ端から
頼み歩いたら、1軒、使てない家を、
貸してくれるちゅうて。そういう人が
見つかってん。おばあちゃんと、お
母ちゃんと、それから、子どもらは、
そっちで暮らすようにしよう。絶対
その方が安全や。うちらは仕事が
あるさかい、店残らなしゃあないけ
ど、うちらも、その方が、いざっちゅ
う時逃げやすい。あと、りんちゃん、
幸っちゃん、トメちゃん。
3人) はい。
糸子) あんたらは、週3回、家主さん
の、畑仕事手伝い。そのかわり、食
べもん分けてもらうちゅうて、話つけ
てきたさかい。
千代) その家は、どこにあんのん?
糸子) 山中町の、山奥や。
B29かて、あんなとこ爆弾落とさへん。
ハル) うちは嫌や。
糸子) はあ?
ハル) うちはこの家で死ぬ。
静子) おばあちゃんそんなん言わんと。
ハル) 行きたかったら、
勝手に行ったらええがな。
何があったってうちは、この家で死ぬ。
糸子) (舌打ち)
年寄りの寝言なんぞ、
聞いてられません。
**********
<表>
ハル) 放せ、放せちゅうてんのに!
もう、糸子、何すんねん!
(リヤカーに乗せられるハル)
ハル) うちは、
行かへんちゅうてるやろ!
糸子) トメちゃん、はよ出し!
トメ) え、けど?
糸子) はよ、はよ走り!
ハル) こら! この、不孝もん!
覚えとれよ!
糸子) はいはい、何とでも言うてくれ。
ハル) アホ!
**********
食べもん。食べもん。
あとはとにかく食べもんです。
糸子) 足らん。
**********
<山中町の家>
(荷物を運びこむ昌子たち)
(糸子から肌着を受け取る家主)
家主) ほお~こら、助かるで!
糸子) 洋裁屋さかい、
こんなもんしかないんですけど。
家主) いや~今こんなんどっこも
売ってないさかいな。
糸子) うちは、糸のもんだけは、
どないかなりますよって。
また言うて下さい。
家主) いや、おおきに!
糸子) ほんであの、ご主人。
家主) ん?
糸子) ものは相談ですけど。
うっとこは、とにかく大所帯やよって、
食べもんがようさんいるんですわ。
家主) はあ。
糸子) りんちゃん、
トメちゃん、幸ちゃん!
3人) はい!
糸子) これらがお手伝いしますよって、
早速畑のもん、ちょこっと分けてもら
えませんやろか? 頼んます!
一同) 頼んます!
家主) う~ん。
**********
<小原家・台所>
よっしゃ!
よっしゃよっしゃ!
(米や野菜を運びこむ糸子)
糸子) こんでしばらくはどないかなる。
**********
昭和20年(1945)6月
<店>
(警戒警報)
糸子) 警報や!
警戒警報は、
日増しに増えてきました。
糸子) 急ぎ! はよ! はよ!
(警戒警報)
6月に入ってからは、朝昼晩、
ひっきりなしに鳴って。
**********
(夜、二階で寝ている糸子たち)
(警戒警報)
(起き上がり、防空壕に向かう糸子たち)
**********
夜はロクに寝られんと。
そやからちゅうて、
昼も休んでる訳にいかん。
ゆうてるうちに、梅雨に入ってしもて。
(雨合羽を着て自転車に乗る糸子)
**********
<山中町の家>
(雨漏りの水滴の音)
千代) あれ、まあ。
優子) お母ちゃん!
千代) ぬれてしもて。まあ~。
糸子) ぬれるで。
千代) ご苦労やったなあ。
糸子) お母ちゃん、米、米乾かして!
ぬれてもうたかもしれん。
千代) はいはい。
ぎょうさん持ってきてくれたなあ。
糸子) お母ちゃん。
千代) ん?
糸子) その手どないした?
千代) はあ、これか?
ムカデに刺されてしもたんや。
糸子) ムカデ? うわ~
やっぱし出てきてもうたか。
直子) 直ちゃんもムカデ見たで。
こんくらいのん。
糸子) あんたらムカデに
絶対触ったらあかんで!
優子) うん。
直子) うん。
ハル) 糸子。
糸子) ん?
ハル) 早う家帰らしてくれなんだら、
うちらムカデに殺されてまうで。
糸子) はいはい。戦争終わったら
すぐ帰しちゃるよって。
ハル) 戦争なんか終わるの
待っちゃあったら、うちらの
方が先死んでまうわ。
千代) なあ、もうちょっとしたら、そこ
の川にようさん蛍が出るんやて。
昨日もなあ、日暮れに優ちゃんらと
見に行ってみたんやけど。まだ出て
へんかった。楽しみやなあ。
**********
<夜道>
(足を引きずって歩いている男性)
住民) こら泥棒! 待て~!
(走って来て隠れる女)
住民) あ、泥棒見んかったか?
男性) あっちや。
住民) 畜生、ほんまにもう~!
男性) おい、行ったど。
(物陰から出て来る奈津)
男性) 何じゃお前。
ごっつい別嬪やの。
腹減ってんけ? 食わしちゃら。
(手を差し出す男)
男性) 来いや。
(男をじっと見る奈津)
(男の手を握る奈津)
モノが考えられへんようになってました。
**********
昭和20年(1945)7月
梅雨が明けたら、夏が来て、
あっついお日さんの下を、
毎日アメリカの飛行機が
飛んでいきます。
(警戒警報)
警報はこのごろ、
朝からひっきりなしで。
**********
なけなしの食べもんを
あっちへ運び、こっちへ運び。
(自転車で通りを行く糸子)
**********
<山中町の家>
(食料を運ぶ糸子)
千代) おおきにな。
糸子) あ~。
(座り込む糸子)
千代) あ~糸子! 大丈夫か?
食べてへんし、寝てへんし。
糸子) 大丈夫や。
**********
<小原家・居間>
何やもう、モノが考えられへん
ようになってました。
(畳の上に寝ている糸子)
糸子) あ…。
結局、蛍て、見れたんやろか…。
男性) ごめんください。
糸子) はい。
男性) 小原勝さんのお宅でしょうか?
糸子) はい。
(起き上がり、店へ行く糸子)
男性) 公報が届いてます。
(一礼し、封筒を差し出す男性)
(受け取る糸子)
男性) ご愁傷さまです。
糸子) ご苦労さんです。
(「小原糸子殿」と書かれた封筒を
ぼんやり見つめている糸子)
**********
食べられない。寝られない。そんな毎日が
いつ終わるのかもわからないまま延々と
続いたら、何も考えられなくなってもしかた
がない。心も体もすり減って、疲れ果てて、
思考が停止してしまうんだよね、みんな…。
こんなパワフルな糸子でさえそうなのだか
ら、普通の人、普通より弱い人はどんなだ
ったかと想像するだけでも恐ろしすぎる…。
「カーネーション」を見ながら、自分は生き
る気力を保てるだろうかと考え続けている。
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