3年経って、やっと泣けた。
「この仔がいるから、生きていられる」
愛馬やペットに、そう思ったこと、ない?
私には、そんな時間が長くあった。
でも、20年という時間は、馬の命にとっては長すぎて、
20年以上連れ添ってきた最後の一頭までが、
突然、お空へ還ってしまった。
乗馬クラブへ行く理由が、消えた。
毎日あんなに必死で通っていた場所なのに、足が向かない。
気力も、体力も、全部なくなってしまった。
自分の居場所が、なくなった気がした。
それでも私は、立ち止まらないようにしていた。
それまで通り講習会を開いて、日常をこなし、
前を向いている“つもり”でいた。
でも、ある日。
何気なく見た一枚の写真。
かつて愛馬を手入れしていた洗い場で、別の仔を手入れしている私。
その瞬間、ふと、言葉が落ちてきた。
「洗い場が、泣いている」
「来ない私を、待っている」
気づいたら、涙が止まらなくなっていた。
あれ?
どうして今、泣いているの?
あの仔がいなくなった時、泣けなかったのに。
3年も経って、
どうして今になって——。
答えは、とてもシンプル。
私は、ちゃんと向き合えていなかった。
あの仔が、もう“いない”という現実に。
でも、洗い場は全部知っていた。
毎日、愛馬を手入れしていた場所。
私の手も、温度も、笑った時間も、泣いた時間も。
全部、そこに残っていた。
だから、呼ばれたんだと思う。
「そろそろ、ちゃんと感じてみない?」って。
居場所って、なくなるものじゃなかった。
更新されるものだった。
逃げている間は、何も変わらない。
でも、ちゃんと向き合えた瞬間から、“次”が始まる。
もう一度、行ってみようかな。
あの場所へ。新しい気持ちで。新しい関係で。新しい私で。
それはきっと、新しい自分が、始まる合図なんだ。

お馬、自分自身はもちろんのこと、他の動物や他人にも使える「癒しの手」を手にいれませんか

