推し活なんて言葉は今じゃ普通に使われるようになっているけど、俺ちゃんはそこに闇を感じることもあるんだよね。

 いや、別に厨二病に覚醒したとか、そんなんじゃないよ。

 最近は推し活っていえばなんでもOKみたいな風潮もあって、そこに危険なものを感じているの。

 

 自分の好きな漫画やらアニメやら、後はアイドルなんかに入れ込んで、応援の意味合い込めて商品買うのはいいのよ。

 でも、その対象が悪人になっていたり、必要以上に入れ込んで生活に支障が出るくらい金をつぎ込んだりなんてのは、さすがにアカンと思うのね。

 

 凶悪な犯罪者であっても自分好みのイケメンであれば、ファンクラブまで作って応援する。

 自分の推しが言ったことが全て正義であり、それを批判する者は許さない。

 社会道徳や倫理観よりも、推しの味方になれるかどうかを優先する。

 

 こんな感覚で推し活している人も少なくない現状で、それこそ推し活と言ってしまえばホストやキャバ嬢に借金してまで金を使うことだって推し活になってしまうし、推し活という言葉を免罪符に推しが悪いことをしてもそれさえ肯定してしまう。

 

 なんだかなぁ……と、思うんだよねぇ。

 ここまで来たら、もはや宗教だよ。

 しかも、個人が自分で信じたいものを勝手に信じて、それ以外に聞く耳持たないってんだから性質が悪い。

 宗教だったら教団から離脱させたり教祖が死んだりといったことで目が覚めることもあるけどさ。

 個人信仰の類は止めさせるのがとても難しいんだよね。

 世界中の全員から否定されても、自分が信じ続ける限りは絶対に目が覚めねぇからさ。

 

 『推し活』って言葉さえ掲げれば、何をやっても許される……否、許されなければならないし、許さない者は敵である。

 こんな考えが無意識下に刷り込まれちゃいないかい?

 

 推しが罪を犯しても庇い、ともすれば被害者の方を糾弾する。

 推しのライバルを潰すために相手に対してアンチ活動を続ける。

 推しに貢ぐことで生活や家庭が崩壊しても、それを止める者を悪者扱い。

 

 こんなことしたって、誰かを応援するってことにならんことに気が付かんのかね?

 結局のところ、現代の推し活は一部が宗教化している上に、その本質は『あらゆるものを犠牲に推しを応援している私って素晴らしい!』という自己愛の塊みたいな感情だから、狭量で攻撃的なやつが増えるんだろうな。

 推し活全てを否定はせんけどさ……自己愛に基づく推し活は、もはや推しへの応援でもなんでもないわ。

 推し活ってのは己の自己愛と承認欲求を満たすために、なにやっても良いっていう理屈を押し通すための免罪符じゃねーぞ!