徳を積むというのはあまり聞かれなくなったような言葉ですね。

多分、根底にあるのは「善い行いをする」「悪い行いをしない」

だと思います。

 

徳を積む、陰徳を積むは別段難しい事ではないそうで

普段でも積めるそうです。

介護は陰徳を積むそうですし、家事も家族の為にするので陰徳。

見返りなく人の為に動くというのが陰徳だと思います。

 

うちは核家族でした。

母は姑の世話をしなかったのが自慢で、姑の世話をしていた

人をちょっと見下していたように思います。

 

実家近くの私の同級生の母親が姑の世話をし、それが

終わったら妹が病気になり世話をしなければいけなくなった

のを見て母は「あの人は他人の世話をするようになっている。

ああいう人は一生、他人のお世話をしなければいけないのよ。

私は(あの人と違って)他人の世話をしなくてもよいの」と

言ってました。

 

姑(父の母)は明治生まれのゴリゴリの長男教だったので

次男である我が家に来ても数カ月の滞在でした。

なので母は姑の世話をしなかったので、それが自慢だった

みたいです。
 

母は同級生のお母さんを見下していたけど、その人は

すごく徳を積んだんじゃないかな。

 

母は専業主婦で体調が悪かったとかでもないのに

自分が楽しようと私に料理を押し付けていた。

自分で出来るのにしなかった。

つまりは徳を積まない人だったのね。

 

母が亡くなった後も毒姉は年末年始は実家に帰省していたけど

私が実家を出てからは帰省していません。

帰省していたのは父に会うというのもあるけど、

私が家事のすべてをしていたから楽だったんでしょう。

 

私が料理を作って「出来ましたよ」と言うと父と毒姉が

一緒に食べて、私は後から一人で食べる。

お風呂も私が入れて「お風呂どうぞ」

 

そりゃ楽ちんだよ。何もしなくていいお客さんなんだもん。

なので全てしていた私がいないとなると自分が

やらないといけない、それがイヤだったんでしょう。

 

毒姉は料理が出来ません。

と言うか料理方法は知っているけど誰かに食べてもらえる

料理を作ることが出来ない。

二十代半ば頃(?)からずっと勝手気ままな一人暮らしを

してきたので、当たり前っちゃー当たり前だけどね。

 

家の事も親の事も全て私に丸投げし、人の為に動いた

ことがない毒姉は徳を積んでいないと思います。

そのツケは何らかの形で返ってくるんじゃないかな。

 

何か見返りを求めての行動なら徳を積んでいないけど

その人の為にする、その人に寄り添うのは"徳を積む"

ことになるのだと思います。

 

 

三毛猫黒猫オッドアイ猫

 

昨日、大阪の木俣クリニックへ行ってきました。

入るとガラガラですぐに診察になりました。

「どうですか?」

「指が痒いです」

先生は一目見て「ヘルペスですね」

 

 

 

うわ、もう何回目なんだろう?

指は痒いし腫れて握りこぶしが出来ません。

まあ、この状態も長くは続かないのが今までの経験で

分かってますが、ちょい辛いです。

 

診察の後、おばさんとランチしたけど、おばさんが

「あんた、ホンマにきれいになったな。もうアトピーて

分からんくらいや」と言ってくれました。

 

脱ステまではどんなに調子が良くても顔を見れば一目で

アトピーと判る肌でしたが、脱ステから5年目

ようやくここまで辿り着きました。長かったよ~~

 

帰りにちょっと寄り道と思ってイオンモール四条畷に行き

本屋に寄ったり無印良品やユニクロををはしごして

外に出ると薄暗くなってました。

わ、まずい!

 

白内障の手術をしてから夜の運転が怖くなりました。

なので早く帰るつもりだったのに、思ったよりウロウロ

し過ぎてしもた。うわ~!

 

"秋の日は釣瓶落とし"というのをすっかり忘れていて、みるみる

暗くなってしまい夜道の高速になってしまいました。

夜の高速、怖いです。

 

前の車がトロトロ走ろうが車線変更が怖いので

ひたすら左車線をキープして走りました。

そのうち車が減って前の車がいなくなると、もう怖い怖い。

田舎の高速道路は暗いんですよ。

心の中で「ひえ~~~!」と叫びながらの運転になり

アパートに着いた時はぐったりでした。

 

教訓、寄り道はほどほどに。

 

 

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