語学探偵・ユミ(スペイン語編)
1.Hola!
インターフォンが鳴って、「オラー、ユミ!コモエスタス!」という声が聞こえる。エステルだ。
Hola,Yumi!Como estas?
こんにちは、ユミ!元気?
有海は応える。
Hola.Estel!Bien.Y tu?
こんにちは、エステル!貴女は?
エステルは、頸椎狭窄症の後遺症で家事が出来なくなった有海のことを気遣って1日に2度、朝と夜に訪ねて来てくれている。
匠は実家の米屋を継いだが、大手コンビニチェーンから誘われて所謂『街のコンビニ』を経営している。その店舗兼自宅は有海のマンションから近い。有海が今住んでいる分譲マンションを決めた際、匠がどうしても実家の近くにしろと言ったのだ。
「姉さんさぁ、家事できないじゃん。近くに住んでくれよ。俺、手伝いに行くから。」
その当時、彼はまだ再婚することなど考えていなかった頃なのだが、少なくとも自分が毎日通う気でいたらしい。そんなところへ、ひょんな出会いからエステルとの再婚話に発展、有海の状況を知ったエステルが、有海の元に通うことになったのである。
エステルは、店の空いた時を見計らって有海の元を訪れる。黒髪の彼女は、ほとんど普通の日本人と変わらない。ただ、雰囲気から国際的なものを感じる客も少なからずいることだろう。有海も時折、かつて外資系企業の秘書を務めていた亡き知人の面影が彼女と重なってしまう。
スペイン語では、h は発音しない。Hola!も「オラー」となる。ハ行は、g や j で書き表される。
Hola! は、一日中使える挨拶だ。英語のHello! に当たる。多くの言語でそうであるように、スペイン語でもまた「良い朝」「良い日」「良い夜」が、それぞれ「おはよう」「こんにちは」「こんばんは(おやすみなさい)として使われる。
Buenos dias.
Buenas tardes.
Buenas noches.
という具合である。ただ、tardes は、午後0時を1分でも過ぎたら tardes で、その前なら dias を使うのだそうだ。だから、単純に日本語と対比させてもいけないらしい。
Buenos と Buenas と違っているのは、あとに続く朝、昼、夜が男性名詞か女性名詞かの違いだ。東洋の言語にはない「文法的性」という概念である。さらに、それに複数形 s が付いて、このようになっているのだ。
2.「〜だ」動詞
英語のbe動詞に当たるものが、スペイン語には3つある。普通の「〜だ」を表すser 、一時的な状態を表すertar、完了形を作ったり、存在を表したりする haber である。
なお、スペイン語の動詞は、ar,er,ir で終わるのが原形で、動詞は必ずこの3種類に分類される。辞書を引く時は、これで引く。
Como estas?
英語に置き換えると、How are you? になる。estas は estar という動詞の、親しい間柄の相手 tu に対する形である。1語少ないのは、estas だけで tu だと判るからだ。
スペイン語を始めとするヨーロッパ言語の多くが、このように主語や時制(現在・過去・未来など)によって語尾が変化する。むしろ主語のみではほとんど変化しない英語のほうが例外的だと言ってもよい。英語が『世界言語』となった理由の一つが、ほとんど人称活用が無くなっていることによると思われる。英語は発音が難しいため、むしろスペイン語が世界言語に相応しいのではないかと有海は思っていたが、構造が簡単な英語のほうが世界言語には都合がよかったのかもしれない。
例えば、語学書では、
私/(親しい)あなた/彼、彼女、あなた
私たち/(親しい)あなた達/彼ら、あなた達
というふうに、一人称単数、二人称単数、三人称単数、一人称複数、二人称複数、三人称複数の順に並べて説明してある。
ここでは例として規則動詞「食べる」を紹介する。原形がcomer 。それの現在形は、以下のようになる。括弧内は「私、あなた・・・」である。
(yo)como (tu)comes(el/ella/usted)come
(nosotros/nosotras)comemos(vosotros/vosotras)comeis(ellos/ellas)comen
これらが、さらに過去形や未来形、現在進行形などで違う形になっていくのだから、ややこしい。
エステルは、今日は何か持ってきたらしい。
Estos dulces se hace con arroz y leche.
これらのお菓子は、お米と牛乳から出来ているの。
Come!
食べてね。
有海は「Gracias!」と言いながら受け取った。
「これらはお米とミルクから作る、私の国のお菓子です。」
と、エステルが今度は日本語で言った。
スペイン語の「Gracias!」は、よく知られている言葉だが、お隣の国であっても「ありがとう」はずいぶんかけ離れている。サッカーのジーコ監督が帰国する際、ファン達は「オブリガード、ジーコ!」と言って送り出した。彼がブラジル人で母国語がポルトガル語だったからだ。
また、アガサクリスティが生み出した探偵・エルキュール、ポワロはベルギー人としてフランス語の「メルシー」を使っている。
思うに、頻繁に使われる言葉であればあるほど、形が崩されたりしていくのではないだろうか。
さて、前述の文を分けると、
Estos dulces / se hace / con /arroz y leche.
これらのお菓子は/で、作られた/で/米と牛乳
となる。se は、再帰動詞と言って、他動詞を自動詞にするものだ。例えば「起こす」を「起きる」にすることになる。辞書で引く時は hacerse のように「動詞の原形+ se 」で探す。
「~だ」動詞・3番目のhaber 動詞について話そう。
haber は、hacer と綴りがとてもよく似ているので、有海も混同してしまいそうになるが、haber は『完了や存在を表す動詞』であることをよく心しておかなければならない。
Hay un gato. 1匹の猫がいる。
が、その例である。 hay は、存在を意味する時のみに使われる特殊な形だが。ちなみに、猫が2匹だと
Hay dos gatos. 2匹の猫がいる。
となるが、estar を使って
Estan dos gatos.
という表現も可能だ。ただしこの場合は主語が「2匹の猫」になるため、estar が3人称複数形の現在形 estan をとる。