避妊をしなかったのに紘子との間に子供はできなかった。2人分の収入で少し広い2LDKの中古マンションを買って転居し、自分の寝室兼書斎をもった。書斎といっても研究者になるのを諦めたので蔵書は増えていなかった。その頃紘子は閉経して、別々に寝るようになっていた。

 

 まだ40歳代だった私は彼女の部屋に夜になると忍んだが、身体を触らせてくれるだけでめったに媾うことはなかった。スキンシップのつもりでマッサージをしていたが、パジャマの上から触っても身体に余分な脂肪を付けていたことはわかった。とくに贅肉がだぶついていた下腹部を直接触ろうとするのを嫌がった。若い頃にスタイルの良さを褒めちぎったことは今も影響しているようだった。

 

 あのすりガラス越しの裸体を思い出して、スレンダーな立ち姿を見たかったのだが、彼女は肌を見せるのを嫌がった。一緒に入浴した時はか細い肢体に不釣り合いな骨盤の張りを腰を捻って見せつけていたのに、一緒に入浴することがしだいになくなってしまった。バスルームでいつも跪いて腰に縋りついていたのに、それをしなくなったからかもしれない。

 

 ところが、リーマンショックの頃に高給のゆえにリストラにあった。すでに住宅ローンは払い終えていたが、このまま昔のように「紐になる」のかと面目を失っていた。若い頃は助けてもらった代わりに彼女の性欲を満たすための存在理由を感じていた。彼女と別れることもにおわせたが、「何を言っているの?」と一蹴された。渚が武志とすぐに離婚しないように、こういう時こそ「子は鎹」になるのだが。

 

(※画像は古川祥子)

 

 1年ほど再就職もせずブラブラしたあと、何とかやっていけそうな学習塾に就職した。学歴だけ高くて堅物の私にはふさわしい職業だったかもしれない。公務員と同様の俸給の10歳ほど年上の紘子に比べれば薄給だった。そして10年もして学校の管理職に相当する教室長になると、平気で家にいられるプライドも保たれた。夜遅く仕事から帰ったが、彼女とは顔も合わせることもなく、自分の寝室で寝るだけになった。午前中の遅い時間帯に目覚めたときにはもう彼女は出勤していなかった。それでも冷蔵庫には遅い朝食のおかずが準備されていて、それを温めて食べてから出勤した。

 

 紘子はいなくてもいい私との別れ話をなぜ無視したのだろうかと不思議だった。彼女が私を引き止めてくれた理由をききたかった。若い頃は自分のことを褒めてくれる男、女盛りの止められない性欲を満たしてくれる男だったことでパートナーになることを決めたのだろうと思っていたが、今はどうなのだろうと。

 

 ある休日に、ベッドで身体を触っているとき、「なあ、紘子さんにとって俺ってどうなん?」とさりげなく訊いた。私はずっと彼女のことをずっと「紘子さん」と呼んでいた。「そうね、マッサージのおじさんかしら?」とふざけて答えたあと、「冗談よ。あたしのこと名前にさん付けで呼んでくれるのあなただけだから…」と真顔になった。そして最後に「久しぶりにいっしょにお風呂に入る?おじさんも溜まってるんでしょ」と還暦過ぎた女に慰められた。

 

 紘子は週末になると下宿の1階に泊まるようになった。当時は学校5日制になっていなかったので、金曜日だったと思う。1階の前室で晩酌がてら夕食を作って食べていた。私はその時間帯になると晩酌に付き合った。たいていの場合はそのまま奥の部屋で睦み合い、そのまま一緒に眠ることもあった。土曜日にはどこかに一緒に出かけて、夕方には彼女のアパートに行って台所で夕食を作るのを手伝った。

 

 そんな日々が3カ月ほど続いて、あるとき「ねぇ、ここに来て一緒に住まない?」と言われた。今までの下宿代と同じ家賃くらいは出せると言ったが、「そんなのいらない」と返答された。2DKのアパートだったから4畳半くらいの使っていない部屋は私の書斎にすればいいと提案された。書斎と言っても大量の本棚以外はパソコンデッキと椅子があればよかった。蒲団を敷くスペースはなかったが、彼女の部屋のシングルベッドで寝ればいい。

 

 紘子は神妙な顔になって言った。「あのね、あたし子供がほしいの」と。事実上の彼女からのプロポーズだった。「わかったよ。子作りは得意だから毎日するよ」と答えると、「やだ、毎日なんて…」と何やら嬉しそうに手で口を押さえた。たしかに彼女は30歳代半ばだったから出産には遅いくらいだったし、私は20歳代半ばだったから「9の法則」では9×2=18(10日に8回)で毎日のようにできた。

 

(※画像は小松杏)

 

 彼女が更年期になるまではほんとうに毎日のように求めた。「紘子先生」と呼んで小さな胸に吸い付くと、それだけで甲高い声で反応していた。教師としての背徳感のようなものをやはり抱えていて、貧乳のコンプレックスといっしょに解放したようだ。とくに一緒に入浴するときはバックショットを見せて「どう興奮する?」と言って自分のセックスアピールを強調した。だからバスルームですることが多かった。

 

 収入が私にはないことが問題だったが、彼女は私を養える給料をもらっていた。彼女の「紐になる」ことにした。しばらくは大学院生やオーバードクターを続けていたが、やがて研究者には向かないのではないかと思いはじめた。というか彼女に養ってもらっていることに抵抗を感じたのだろうか。

 

 とりあえず30歳近くになって就職することにした。小さな出版社だった。高学歴というだけで融通のきかない堅物だったので、会社では窓際族だった。収入の差は歴然としていた。書斎と称した狭い自分の部屋にいる時間はほとんどなくて、どちらかというと物置のようになった。たいていはDKにいるか夜は紘子の寝室にいた。

 

 

 もう大学に入学したばかりのときに見た夢のような無謀な行動には出ない。6年前の夢が教訓になった。「さっき僕の手に触った時の手を出してくれませんか」と注文した。手を触るのはイーブンだからという狡猾な言い分だった。私は指と指の間に自分の指を差し入れ、掌の甲にキスをした。紘子は意外な仕草に「あっ」と驚いていたが、なすがままにしていた。顔を近づけると、目をつぶった。彼女の方から舌を絡めてきた。

 

 

 「ねぇ、一つお願いが…。胸見せてくれないかなぁ?」と思いきって一番の願いを口にした。「いやよ。恥ずかしいから。」理由は彼女は貧乳だったからだ。「この下宿に来たとき、風呂のすりガラスの向こうに紘子さんの影を見てしまったんです。あれから夢にまで…」と言ったが、さすがにその夢の展開までは言えない。「きっとがっかりするわよ」と彼女は渋ったが、「あのときのことがどうしても…。お願いだから」と懇願した。

 

 

 仕方ないと思ったのか、あるいは酔っていたからなのか、上に着ていたセーターを脱いでスリップ姿になった。指を伸ばすと「ダメよ」と制止したが、「きれいです。ねえ、いいでしょ」と言うと触られるのを止めなかった。予想どおり掌に薄らと脂肪らしきものがあるような貧乳だったが、「夢のようです」と思い描いていたことをそのまま告げた。自分の胸に関心をもたれたことが意外だったようで、蜘蛛のように這いまわる掌をなすがままにしていた。

 

 「全部みたい」と求めると、さすがに迷っていた。全部というのは全裸の意味だとわかったようだ。「わかったけど、見るだけだからね」と一応念押しをした。薄暗い奥の座敷のほうに行こうとしたので、胸を躍らせながらそそくさと後をついていった。6年前の夢の続きを見ている気持ちになって、このまま最後までいってしまおうと思っていた。

 

 薄暗い部屋で後ろを向いてスリップを脱いで細い背中があらわれた。パンティにも手をかけた。前室の光が差し込んで薄らとシルエットは見えていた。やはり最初に思っていたより背丈は高くない。160cmに及ばない中学生くらいの体型だったが、骨盤の張りだけが目立った。腰から尻や太腿にかけて成熟していて、あとは棒のように細かった。

 

 「紘子さん、もう…」と呟いて、後ろ向きの腰に顔を埋めた。口では「ダメよ…」と言いながら、自分で振り返って細い肢体に不釣り合いな太腿への愛撫を求めていた。「夢みたいです」と6年前の願いが叶ったことを認めた。意外なほど豊満な尻肉に手を回して抱え込みながら、内腿の上のほうに舌を這わせた。彼女は誰もいない家中に響き渡るような嬌声をあげた。

 

 

 途中まで話して、「へぇ~、先生にもそんなときがあったんだね」と渚が合いの手を入れた。「もう40年以上前の話だ。それがいま一緒に住んでいる紘子だ」と少し先回りして告げた。「えっ、どういうこと?」と当然のように疑問を挟んだ。再び私はその間のことを話しはじめた。

 

 私は大学院に進学して研究者を目指していた。ちゃんと収入を得る手立てはわずかな奨学金を除けばアルバイトをするしかなかった。その意味では家賃が安い下宿は分相応だった。私はその下宿のただ1人の住人になってしまった。ところが1980年代も半ばになると、まだ郊外移転する前の大学街にバブルの波が押し寄せてきた。大家も土地を処分するために元の住宅だった下宿を更地にしたがっていたので、「悪いけど、下宿を出て行ってくれないか」と言われた。

 

 紘子が久しぶりに下宿に寄ったので、私は1階の居室のドアをノックした。紘子の母である大家のオバさんに言われたことを話した。「オバさんには少し待ってほしいと頼んだんだけど、紘子さんからもよろしく言ってくれませんか」と頼んだ。「それにしても紘子さんはいつまでもスタイルがいいですね」と社交辞令のように言った。彼女は「あなたって相変わらず口が上手いわ。ここに来た夏休みだったか同じことを言ってたわよ」と思いだしたように告げた。

 

 私は首を捻った。あれは夢ではなかったのかと血の気が引いた。あの夢から6年が経って私は25歳になっていた。紘子も30歳代半ばになっていると思った。たしか当時はまだ30歳より前で、小学校教師になってまだ5~6年くらいだったはずだ。そのあと転勤になってこの下宿に寄らなくなったのだ。座敷の手前のこの居室でけっこう長く話こんだあと、自分の部屋に戻ったのだ。紘子に触れるところから夢だったのだ。どうやら私は狼藉をしでかしたわけではないが、紘子とおしゃべりしたことも夢だと思ってしまったようだ。

 

 「それにしてもあなたずいぶん喋り方が変わったわ。あのときはまだ訛りが残っていて田舎から出てきたばっかりという感じだったのにね」と紘子は懐かしそうに言った。たしかに当時は合コンで知り合った同年代の女子にも田舎者扱いされていて、しばらくコンプレックスを感じていた。女子を連れ込んで怒られたことは覚えているかどうかわからないが、話題に出さなかった。

 

 彼女は酒を飲みながら夕食を取っていた。「あっ、あなたも呑む?」と勧められて、「じゃあ」と言ってグラスに氷を入れて酒を注いだ。「いや、僕は思ったことすぐに口に出してしまうんです。だからさっき言ったのは案外正直な感想なんですよ。それに紘子さん変わらないと言うか、なんか若返った感じですよね」と告げた。「あら、そうかしら?やっぱり、あなた口が上手いわ。あたしも四捨五入すると40歳なんだから…」と自虐的な言い方をした。

 

(※画像は小松杏)

 

 話をさらに盛って「いやぁ~、こんな可愛い三十路もいるんですね」と言うと、「やだぁ~、あたしのこと口説くつもりぃ」とグラスを持っている私の手に触れてきた。かなり酔っているようだった。その手指が思いのほか柔らかかった。私は6年前の夢を再現してみたいと思いついた。幸い紘子は酔って気分が高揚しているうえに、歯の浮くような私の褒め言葉にも気をよくしている。

 

 

 翌朝目覚めると夢精していた。どこからが夢でどこからが現実なのかわからないほどリアルなイメージだった。顔でも洗おうと洗面所に行くと、風呂場に灯りがついていた。朝から湯浴みでもしているのかと思った。脱衣所の戸に鍵がかかっていなかった。ゆっくりと戸を開けると風呂場にも誰もいなかった。昨夜紘子は1階に泊まって入浴したあと、灯りを消すのを忘れたらしい。どうやら洗濯機を回しながら、脱衣所ですりガラス越しに裸体のシルエットを見たところまでは現実だったらしい。

 

 昨夜の洗濯物が洗濯機に残っていて、それを抱えて部屋に戻り外に干した。はっきりと覚えていないが、脱衣所の戸に手をかけようとしたところまでは現実だったかもしれない。おそらくそうする勇気はなくて、洗濯物を残したまま自分の部屋に戻って、たぶんオナニーしたあとそのまま眠ってしまったのだろう。それにしても現実と夢がうまく繋がることがあるんだろうかと不思議だった。

 

 9月になってクラスメートの男子で市内にある女子大と合コンをすることになった。その中の一人の女子大生と仲良くなり、何度かデートをした。あるとき彼女が私の下宿が見てみたいと言う。狭くて汚い下宿を見られたくなかったが、初めて女の子を下宿に連れ込んで妙な期待をした。予想どおり急階段と狭い部屋を見て驚いていた。自宅通学のお嬢様には異文化だったはずだ。初めて連れてきた女子に緊張したのか自然に田舎の訛りが出てしまった。土曜日の夕方で他の下宿生もいたので、そこで事を起こすのには躊躇った。田舎では通じていた「神通力」は自信喪失で打ち消された。

 

 何もなく下宿を出たときに、紘子と出くわした。おそらく一旦寄って実家に帰ろうとしていたのだろう。男子だけの下宿だったので女子を連れ込むのは禁止だったのは知っていたが、それを金科玉条のように注意する三十路の女教師に苛立った。連れていた女子大生と変わらないくらいの背丈だった。スレンダーだったので長身に見えただけだった。三十路のハイミスと覚悟のうえでしてみたいとは思わなくなった。わかったのは自分が欲求不満であらぬ妄想してしまったということだった。

 

(※画像は古川祥子)

 

 そのあと、しばらく紘子は下宿に来なくなった。大家のオバサンの話によると、転勤になって学校に近いアパートを借りることになったようだ。私は彼女の魅力と幻滅の両方を経験した。ほとんどが夢の中だったとはいえ、彼女を女として意識したことはたしかだった。もっとも結婚してもいいと思ったのは、大学生としての生活が進むにつれて、性欲が暴走していたのだと我ながら可笑しく感じた。

 

 そこで目が覚めた。7月だったので外は明るくなっていた。どうやら夢だったようだ。トイレに行こうと階下まで降りると、ちょうど紘子が洗面所にスラリとした肢体を折りたたんで顔を洗っているところだった。まだパジャマを着ていた。「おはようございます」と挨拶すると、「おはよう」と年下の私に無愛想に挨拶をするだけだった。これから朝食を食べて通勤するところのようだった。

 

 昨夜の夢の中の私の饒舌は何だったかと思ったが、元々普段は無口なほうだ。夢でよかったと安堵した。現実だったら下宿を追い出されてしまったかもしれない。2階の自分の部屋に戻ったときに、少し前に見た紘子のパジャマ姿が頭を過った。洗面所に立っていた彼女の肢体はスラリとした上半身に比べて下半身の張りが目立っていた。今しがた放尿して縮んでしまったのに、再びムクムクと硬くなってきた。夢の続きを妄想してしまった。

 

 夏休みになると帰省するお金もないので、私だけが下宿に居残っていた。当時はエアコン(クーラーと呼んでいた)などというものはなく、冷房のきいた学生食堂で本を読みながら涼んだあと、すぐに汗を掻いたので銭湯に出かけた。風呂桶を抱えて下宿に戻ると、女物の靴が玄関にあった。小学校教師をしていた紘子は夏休みでも出勤することはあり、郊外にある実家に戻る前に下宿に来ていた。

 

 いつかの脱衣所のすりガラスのシルエットを思い出して、用もないのに1階に降りてきて洗濯機の前に立っていた。案の定紘子は入浴したあと、脱衣所に出てきた。あのシルエットを再び見ることができて私は理性を失ってしまった。脱衣所のドアの引き手に手をかけると、脱衣所の内側から鍵をかけていなかった。夏休みだったので油断したのだろうか。

 

 紘子は下着だけを付けた状態で一瞬そこにしゃがみ込んだが、そのあと走って1階の居室に逃げ込んだ。私は獲物を追いかける野獣のように本能的に後を追った。奥の座敷に追い詰めた。「やめなさい。大きな声出すわよ」と威嚇した。すりガラスの向こうにいた、想像したとおりの全体的にスレンダーなのに妙に骨盤だけが張りだした裸体だった。

 

 (※画像は古川祥子)

 

 「大声出しても無駄だ。ここには2人だけだ」と暴漢のような口のきき方をした。追い詰められて今度は「お願い、わかったから乱暴しないで」と宥めるように懇願した。「それも取ってもらおうか。裸を見せてくれるだけでいいんだ」と要求した。彼女は後ろを向いてブラジャーを外した。「下もだ」と求めると、「えっ、それだけは…」と許しを乞うたが、「早くしろ」と近づこうとすると、「わかったから」とパンティを膝まで下げた。私は辛抱できずに腰にしがみついた。「いやぁ~」と悲鳴が響き渡った。

 

 翌朝目覚めると夢精していた。どこからが夢でどこからが現実なのかわからないほどリアルなイメージだった。

 40年以上前の1970年代末なので、その頃に生まれた渚にはなかなか想像しにくい話だった。日本はその頃ようやく学生アパートにバス・トイレが付き始めた頃で、まだ共同トイレの時代だった。学生街にはまだ銭湯がたくさんあった。

 

 下宿の娘が元の家に泊るときは今は使われていない風呂に入浴していたようだ。ちょうど私が洗濯機を回して洗濯物を1階まで取りにいったときに娘が脱衣所で脱いでいるところを見かけた。洗濯物を取るふりをしながらすりガラス越しにシルエットに見入ってしまった。頻度は多くないが、たまにそういう場面に遭遇した。三十路とはいえ女の裸体に飢えていた私は、ぼんやりと見えたシルエットが目に焼き付いた。

 

 

 夏休みに入った頃、風呂の灯りが付いているのに気づいて、何度も1階に降りた。その日は玄関に靴が少ないので2階の下宿人が少ないと油断したのだろう。風呂場から1階の居室まで下着姿で移動したのに遭遇した。胸の谷間はなく、太腿だけが肉感的なスレンダーボディだった。その姿を目撃したため、その夜は夜這いをして襲ってしまおうかと妄想しするくらい興奮した。他の下宿生も帰ってきたので、そんな無謀なことはできないと思ったが、もし2階に私一人だったらと思うと懸命に劣情を抑えた。

 

 夜遅くに私は下宿の急な階段を降りていった。1階のリビングにあたる小さな部屋のドアをノックした。下宿の娘はまだ起きていてテレビを見ていた。夜遅くに訪ねるのだから警戒するに決まっているはずだが、どういうわけか中に入れてくれた。私は当時痩せていて自分の容貌にも妙な自信をもっていたし、とにかくいいところを見つけて褒めればいいと思っていた。

 

(※画像は古川祥子)

 

 彼女はテレビのスイッチを消した。「あの~、さっきはごめんなさい。」「いえ、あたしのほうこそあんな恰好で…。」飯台の向かい合わせではなく、角を挟んで座った。目を合わせるのが恥ずかしかったからだ。「でも、紘子さんってスタイルいいんですね」と沈黙を破ろうとした。「いや、痩せてるだけだから。」「いえ、背も高いし、モデルみたいですよね。つい見てしまいました。」顔は大家のおばさんに似て、目が細い地味顔だった。「なんか、上品な顔立ちだし、やっぱりもてるんしょ?」「そんなことないわよ。」「へぇ~?」すっかり機嫌よくなったと思って少し大胆なことを言った。「さっき紘子さんの下着姿見て、僕眠れなくて…。」「そうなの、ごめんなさいね…。」

 

 少々大胆に振舞っても大丈夫だとなぜか思いこんだ。紘子の腕を触った。彼女は「えっ、なに?」と驚いていた。私はその反応に構わず近づいて顔を近づけた。キスをすれば欲求不満の三十路女だからすぐに落ちると思っていた。最初彼女は何が起こったかわからず動転しているようだった。夏の薄手のパジャマの上から胸を触った。寝る準備をしていたのかブラジャーは着けずにスリップだけを身に着けていた。

 

 スリップの上から触ると、掌に収まるような小さな胸の膨らみだった。紘子はそこで初めて何が起こっているかわかったように「やめなさい。大声出すわよ」と私の狼藉を制止しようとした。ちょうど若い女教師が悪戯な子供を叱るような落ち着いた声に聞こえた。しかし、もう私の欲情は止まらなかった。彼女を床にくみ伏した。「誰か助けて…」と叫んだ。私は口を手で塞ぎながら、スリップを捲り上げてほぼ凹凸のない乳房の中心に吸いついた。彼女は私の手を外して悲鳴をあげた。

 

 そこで目が覚めた。7月だったので外は明るくなっていた。どうやら夢だったようだ。

 元の職場で仲良くなった、親子ほど年齢が違う友人の武志が、結婚直前の渚との馴れ初めを教えてくれた。武志の妻になった渚に私が勤めていた塾の講師を紹介したことで親密になり、不倫関係が続いていた。初めて彼女に会った時は三十路になろうとしている艶やかさを放つ美女だった。会った時から彼女と関係を持ちたいと願っていたが、出産後の武志とのセックスレスが私にチャンスを与えた。やがて毎週のように密会するようになった。

 

 渚の経歴は武志から聞かされていたが、ある日ホテルでの彼女との寝物語で昔の私のことを聞かれるようになった。そして今いっしょに住んでいるパートナーのことも知りたいと思ったようだ。還暦を過ぎた私には40年以上前の遠い過去のことだった。渚は塾の教室長だった私のことを「先生」と呼んでいたが、初めて「あなたのこと」と言ってくれて、何やら恋人に自分の過去の経歴を話してみたい気持ちにさせた。

 

 1980年代くらいから大学生はバス・トイレ付の学生アパートに住むのが当たり前になってきたが、都心から少し離れた大学周辺の住宅地には1階に大家の家族が住み、2階に下宿屋を営む家もけっこうあった。私は1970年代末から学生時代を過ごし、大学周辺のそういう下宿屋の2階に住んでいた。半世紀近く前のことである。大学がまだ郊外に移転する前で、そういう下宿に住んでいる者も少なくなかった。私もそういう学生の一人だった。

 

 

 大学のある地方都市も郊外化が進み、下宿屋を営んでいた家も郊外の住宅に家を構えるようになった。大家は郊外に移住したので、1階は誰も住んでいなかったが、2階には私のような下宿生の需要が残っていた。月に一、二度大家のおばさんがやってくる。そのときに下宿代を渡すのである。下宿の1階には風呂があったが、今は使っていなかった。風呂の並びに共同のトイレがあった。洗濯機がその前に置いていて、下宿生が共同で洗濯機を使っていた。

 

 大家のおばさん以外で紘子という娘がたまに1階に泊っていた。三十路の未婚の娘は教員をしているらしく実家から通勤していたが、郊外にある実家は遠いので元の家だった下宿の1階に泊ることがたまにあった。めったに顔を合わせることもなく、会っても会釈するくらいだった。私は自分の容姿に少し自信過剰だったので、声をかければ仲良くなれるのではないかと思っていた。おばさんもそのことを心配していたが、私はまだ20歳になる前で、下宿の娘は私より10歳くらい年上だったので、おばさんの心配はどういうものかと思った。

 

 

 塾の正社員は午後から出勤して授業の準備や教室会議に参加して、学校が終わる頃から授業をするので、帰宅するのは深夜になった。渚は学生アルバイトと同じパートタイム勤務だから午後7時ごろには帰宅できるように時間割を組んでいた。休暇は休日のうちの1日とウィークデイの1日に割り当てられたが、私もウィークデイの1日に休暇を取るようにして、ホテルなどで渚と逢っていた。

 

 最初私は渚のことを性愛の対象とだけみていたが、やがてはっきりとした恋愛感情を抱くようになった。渚のほうは私を夫である武志が相手にしてくれない欲求不満を満たすためだと思っていた。ところが、武志との関係が変わる出来事があった。武志はたまに身体を触るだけになった。渚の身体が昔のように筋肉質になっていくのに気づいたらしい。渚は拒もうとしたが、結局拒みきれずに交わってしまった。

 

 やがてホテルで逢うのは隔週くらいで、あとは恋人同士のように時間を過ごした。そんなときに武志が渚と交わったことを聞いて、私は激しく嫉妬した。武志は夫であるから嫉妬というのは筋違いだった。まだ誰も来ていない塾の倉庫のようなところに渚を連れ込んで嫉妬による劣情が抑えきれずに、スカートを捲った。スパンキングはしたことがなかったので、渚は「どうしたの?」と訝った。

 

 嫉妬心だけが空回りして性欲は上滑りしていた。このとき渚が性愛の対象だけでないことに気づいた。これとよく似た感覚を思い出した。武志に渚を紹介されたときに、トイレで自慰をして戻った時に武志と渚がキスをしていたのを目撃した。あのとき私はそれを見て酷く不機嫌になった。違うのはそのとき下半身は反応していたことだ。あれから10年以上経って私は自分の性欲もままにならない60歳になっていた。

 

 武志とはもう2年以上合っていなかった。その間に渚は女教師を退職して専業主婦になっていた。武志の仕事が忙しくなって彼女と電話で話すようになった。そしてパートタイムで塾講師を紹介して、職場でも毎日のように顔を合わせるようになった。私には「取らないでくれ」とまで言っていたが、武志は会社の若い女子社員と浮気していた。まさか渚と私が情交関係になっていたなんて想像していなかっただろう。

 

 武志と渚との出来事に私が嫉妬した時から3年が経っていた。娘が成長するまでは離婚はしないと決めていた。渚は43歳になっていた。娘はもう中学2年生になり手が離れてフルタイムで働きたいと言い出した。夜遅くまでの勤務もできるというのだ。定年退職にあと2年になっていた私は教室長だけでなく、本部の会議にも出席していた。渚は塾の本採用となり、私のいる教室から別の教室に異動した。

 

 渚は異動の挨拶にやってきたが、超ショットカットの髪型にしていた。まるで修行僧が剃髪して俗世界から離れる決心をしたような印象だった。余人には素っ気ないキャリアウーマンのように見えただろうが、それを見て下半身を熱くしてしまった。ウィークデイのホテルでデートする約束を取り付けたが、そのときニヤリと妖艶な笑みを浮かべた。「渚ちゃん、君が生きやすいように生きろ。俺はいつでも味方だから。」愛の告白だった。

 

 渚の休日にわざわざ休暇を取って、渚を駅近くのホテルに呼び出した。ホテルにプールがあることは偶然知ったのだが、渚の水着姿を見てみたかった。私が見てきた渚はすでに三十路になっていて元アスリートの面影はほとんどなかったが、武志の寝物語に出てきた渚はまだアスリートだった。そしてその筋肉質な肢体に溺れていった武志の感覚を確かめたかった。

 

 

 前戯の仕上げくらいのつもりで、陰裂に舌を這わせた。その時に無意識に「渚先生」と呼んでいた。渚が教室で教える立場になったという儀礼的な意味でしかなかったが、彼女は聞いたことがない嬌声をあげて腰を浮かせて律動させ始めた。そして5分も経たないうちにガクッと果てた。ベッドに横たわっている間も脚をモジモジさせていた。「大丈夫か」とむっちりした内腿を触っただけで身体はをピクっと反応していた。

 

 「渚先生」という呼び方は意図したものではなかったが、彼女の背徳感を刺激したらしい。そう呼ぶたびに彼女が反応する声が高ぶっているように思えた。武志の浮気が背景にあったことは否めないが、私が再び渚を教師に仕立てる行為は効果的だったようだ。もう1つは「奥さん」と言って貞操観念を刺激することだったが、夫のことをよく知っていたので、しっくりこなかった。それより思い出したように「武志」の名前を出すほうが効果的だった。貞操観念の崩壊が四十路の熟女の満たされない性欲を余計に掻き立てたのだろう。

 

 オーガズムは触感(肉体)と心理(脳)の相互作用だということはよく知られている。普通のカップルだったら褒めまくって心理を解放すればいいのだが、私たちは不倫関係だった。渚の貞操観念や背徳感を梃子にしてオーガズムに導くことにした。「君に会いたいと武志に頼んだら、取らないでくれと言われたのに結局こうなってしまった。でも俺は初めて会った時からこうなりたいと望んでいたんだ」と懺悔するだけでよかった。ほんとうの幸福感を与えられるのは自分だという気負いのようなものがあった。

 

 オーガズムを迎えると、入り口近くが収縮して、奥が膨らむバルーン現象が起こる。精子を絞り取ろうという本能だった。自然に腰が浮いて骨盤底筋や内転筋を収縮させるようだ。出産後はこれらの筋肉が緩んでしまうので、スクワットや寝そべって腰を上下する骨盤底筋トレーニング効果的だった。渚がジョギングで鍛えていたのは内転筋群だったのだろう。

 

 渚がかつて競技者だった100mハードルに例えるならば、前半に並べられたハードルだろうか。後半は短距離競走と同じで走り抜けるのは、入口の収縮に耐えて最後にゴール地点で果てるのだ。ハードルを過ぎれば、彼女もオーガズムに達しているので、そのまま漏らしてしまってもいいわけだ。もっともオーガズムは緊張からの解放だといわれるので、ゴール前のダッシュに似ている。

 

 女性の場合はこの緊張と解放を繰り返すことができるらしいが、私はもう「抜かず×発」という絶倫の年齢を遠く過ぎてしまった。横でぐったりとしていると、渚が「あたし、まだ生理あるの」と言いだした。私は慌てて「責任はとるし、何だったら…」と言うと、「冗談よ。でもこれからは避妊してね」とニヤついた。これからもこの関係が続けられるのかと安堵した。20年近く前に武志が言った「夢みたいだ」と同じ言葉を口にしていた。