避妊をしなかったのに紘子との間に子供はできなかった。2人分の収入で少し広い2LDKの中古マンションを買って転居し、自分の寝室兼書斎をもった。書斎といっても研究者になるのを諦めたので蔵書は増えていなかった。その頃紘子は閉経して、別々に寝るようになっていた。
まだ40歳代だった私は彼女の部屋に夜になると忍んだが、身体を触らせてくれるだけでめったに媾うことはなかった。スキンシップのつもりでマッサージをしていたが、パジャマの上から触っても身体に余分な脂肪を付けていたことはわかった。とくに贅肉がだぶついていた下腹部を直接触ろうとするのを嫌がった。若い頃にスタイルの良さを褒めちぎったことは今も影響しているようだった。
あのすりガラス越しの裸体を思い出して、スレンダーな立ち姿を見たかったのだが、彼女は肌を見せるのを嫌がった。一緒に入浴した時はか細い肢体に不釣り合いな骨盤の張りを腰を捻って見せつけていたのに、一緒に入浴することがしだいになくなってしまった。バスルームでいつも跪いて腰に縋りついていたのに、それをしなくなったからかもしれない。
ところが、リーマンショックの頃に高給のゆえにリストラにあった。すでに住宅ローンは払い終えていたが、このまま昔のように「紐になる」のかと面目を失っていた。若い頃は助けてもらった代わりに彼女の性欲を満たすための存在理由を感じていた。彼女と別れることもにおわせたが、「何を言っているの?」と一蹴された。渚が武志とすぐに離婚しないように、こういう時こそ「子は鎹」になるのだが。
(※画像は古川祥子)
1年ほど再就職もせずブラブラしたあと、何とかやっていけそうな学習塾に就職した。学歴だけ高くて堅物の私にはふさわしい職業だったかもしれない。公務員と同様の俸給の10歳ほど年上の紘子に比べれば薄給だった。そして10年もして学校の管理職に相当する教室長になると、平気で家にいられるプライドも保たれた。夜遅く仕事から帰ったが、彼女とは顔も合わせることもなく、自分の寝室で寝るだけになった。午前中の遅い時間帯に目覚めたときにはもう彼女は出勤していなかった。それでも冷蔵庫には遅い朝食のおかずが準備されていて、それを温めて食べてから出勤した。
紘子はいなくてもいい私との別れ話をなぜ無視したのだろうかと不思議だった。彼女が私を引き止めてくれた理由をききたかった。若い頃は自分のことを褒めてくれる男、女盛りの止められない性欲を満たしてくれる男だったことでパートナーになることを決めたのだろうと思っていたが、今はどうなのだろうと。
ある休日に、ベッドで身体を触っているとき、「なあ、紘子さんにとって俺ってどうなん?」とさりげなく訊いた。私はずっと彼女のことをずっと「紘子さん」と呼んでいた。「そうね、マッサージのおじさんかしら?」とふざけて答えたあと、「冗談よ。あたしのこと名前にさん付けで呼んでくれるのあなただけだから…」と真顔になった。そして最後に「久しぶりにいっしょにお風呂に入る?おじさんも溜まってるんでしょ」と還暦過ぎた女に慰められた。












