世界に洪水伝説といわれるものは多いが、最もよく知られるのは「旧約聖書」だろうか。洪水伝説は現在に残る最古の写本は、紀元前2千年紀の初頭にシュメール語で書き写されたギルガメシュ諸伝承といわれる。その元になった「ギルガメシュ叙事詩」は前12世紀のアッシュルバニパル王の図書館に残る粘土版で知られる。シュメール語版の編纂は紀元前3千年紀に遡る可能性が高いといわれる。
四大文明は大河川の灌漑によって発達したので、文明は灌漑技術の発達と無縁ではない。とはいえ、現在のメソポタミア地方の気候からは想像もできないが、四大文明の頃はメソポタミアの気候はもう少し湿潤であり、農耕に適していたといわれる。少なくとも洪水伝説が残るほど大河川の水量は今より大きかっただろうと想像できる。エジプトが「ナイルの賜物」といわれる所以である。
黄河にも多くの洪水伝説がある。人面蛇身の共工(下掲左)は中国神話に何度も登場し、洪水を起こす悪神であると同時に水徳による覇者(下掲右)としての描かれている。洪水を治めたものが為政者になるというストーリーは五帝および夏王朝の禹王にみられるモチーフである。
五帝に先行する神話的な存在である燧人・伏羲・女堝・祝融・神農のうちの3人とされる説があるが、共工は祝融と覇を争ったとされる。三皇や共工は神話においては人格化されているが、自然現象に対する人間の営為とみることができる。燧人と祝融は火神、神農は農耕・食物神であるが、伏羲と女堝も治水の神である。
五帝の尭の時代の四罪のうち、共工は洪水の原因、鯀は治水の失敗者とされ、驩兜(丹朱、下掲左)と三苗(下掲右)は尭に対する反乱者とされる。共工・鯀・驩兜・三苗はそれぞれ北狄(モンゴル系)・東夷・南蛮(東南アジア系)・西戎(チベット系・トルコ系)になったとされる。いずれも人間の面相や体躯に動物的な要素を持ち合わせる野蛮さを表現している。この春秋時代における中原の東周王朝に対する四夷は当時の地勢から五覇である斉(東)、晋(北)、秦(西)・楚(南)の反映ではないだろうか。
東夷は夏王朝に服するかたちで文明に同化した。渭水盆地から興った周や秦は西戎を服属させるかたちで強盛になったとされるが、西戎と一体化したと言う見方もある。北狄はオルドスからゴビ砂漠あたりにいた騎馬民族をさすと思われる。南蛮は春秋時代に楚が中原に侵入した経験を物語っているのだろうか。下掲は楚の荘王の姿を示すモニュメントである。































