冷戦思考から抜け出せない日本ー米大統領選でのトランプ氏勝利を受けて |  政治・政策を考えるヒント!

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   政策コンサルタント 室伏謙一  (公式ブログ)

 11月9日、アメリカ大統領選の投開票が行われ、トランプ候補が過半数の270を超える大統領選挙人を獲得し、次期大統領となることが確実になった。

 

 トランプ氏といえば、日本国内ではその暴言や極端な発言で有名になり、当初は泡沫候補扱いされてきた。それがアレヨアレヨという間に共和党の大統領候補となり、ついには次期大統領である。

 

 多くの日本の識者と呼ばれる人たちや政界・官界関係者、それに経済界は、トランプが大統領なんてありえない、ヒラリーに決まっている、とタカをくくってきたようだ。メディアについてもまた然りで、トランプは暴言を吐くおバカ候補で、保護主義、孤立主義に走ろうとする時代錯誤の候補といったレッテルを貼り、良識あるアメリカの有権者はそんな候補を選ぶはずがないとの希望的観測、否、妄想を抱き続けてきた。

 

 そんな彼らは、トランプ次期大統領の誕生という「予期せぬ」現実に直面してどう反応しているだろうか?

 

 官邸を筆頭に動揺して右往左往、日米同盟は重要だの、それは変わらないと信じているだの、トランプは何を考えているか分からないからどう対応したらいいか分からないだの、TPPを早く批准しておけばよかったなんだのと、およそ独立国とは考えられないような反応。要は「トランプさんに見捨てられないようにしないと、それにはどうしたいいの?あー分からない・・・」とのたうちまわっているのとなんら変わらない。(こうした日本政府の反応を見た中国政府首脳は、腹を抱えて大笑いしていたことだろう。「やっぱり日本はアメリカの保護領だ。」と。)

 

 更に輪をかけて情けないのは、これまでトランプ側に接触できず、トランプ政権が今後どのような政策を打っていくのか、官邸以下日本政府が把握できていないことであろう。マトモな独立国であれば選挙の両陣営に接触して人脈を作り、情報を収集するというのは当たり前のことなのだが、ヒラリー勝利と勝手に決め付けていた大きなツケを払わされることになったということだろう。(安部総理なり自民党関係者が早速トランプに会いに行くということ自体を否定するものではないが、これから関係構築というのは、トランプ勝利を受けた動揺に輪をかけたお笑い話である。これで中国のみならず、北朝鮮からもナメられ、安部総理肝いりの大事な大事な日露交渉でもロシアから足元を見られることになるだろう。まあKGB出身のプーチン大統領であれば、その程度のことは最初からお見通しであろうが。)

 

 さて、こうした、はっきり言えばズレた行動を生む背景には何があるのだろうか?端的に言えば冷戦時代の思考方式が抜けていない、それがある種心地よくてそこから抜け出せていないということだろう。したがって、冷戦以降の世界の変化を把握できず、ついてこられていないということである。

 

 冷戦の終結により、アメリカは唯一の超大国となった。しかしそれは、超大国であるのではなく、それを目指したのであって、クリントン政権でのっけから躓いた。後は坂をもがきながら、坂を歩いている人を殴り、刺し、邪魔をしながら転げ落ちてきているというのが冷戦後のアメリカの姿なのだが、ヒラリーの勝利を信じて疑わなかった連中には、その坂は上り坂に見えたのだろう。

 

 彼らの誤った考え方を具体的に挙げれば、①アメリカについていけば日本は守ってもらえる、②自由貿易はとにかくいいことで保護主義はよくないこと、③「内向き」はよくないこと、の3つに集約されよう。事実、ヒラリー礼賛の「識者」連中はこれら3つを挙げてトランプでは困った困ったと繰り返している。

 

 しかし、冷戦下であったから核の傘をもって日本を含む自陣営を防衛していたのであって、冷戦が終結すればその必要はなくなり、戦略を転換するのは当然のこと。本来であれば日本もそれを見越して自主防衛力の強化を中心に戦略を転換し、日米安保条約や地位協定の改正も働きかけてしかるべきであったが、それに挑戦した細川連立内閣は潰された。そうこうしているうちに、「米軍に駐留してもらって日本を守ってもらえれば、防衛費をそれほどかけなくとも済む。自主防衛なんて財政的に無理なんだから、そんな夢物語を言うな。」という独立国としては明らかに誤った考え方が、なぜか支配的になった。いまだにそれを真顔で語る政治家は与野党問わず多い。(「活米」などという寝言を、ジャパンハンドラーズにまるめこまれて曰わっていた、オメデタイ野党議員がどこかにいたが。)

 

 トランプ氏が日本から駐留米軍撤退させるというのなら、「どうぞお引き取りください。あとは自分たちでなんとかしますから。」と言ってしかるべきだが、今の政府関係者やメディアの論調は「いなくならないで〜」である。

 

 自由貿易と保護主義を対置させて、白か黒かでしかものを考えないというのもそうである。自由主義陣営か社会主義・共産主義陣営かの選択を迫る考え方と酷似ている。そもそも、状況に応じては保護主義の度合いを強めることもありうるわけで、一律にどちらがいいという話ではない。要は程度の問題である。行き過ぎた自由貿易は過剰なコスト競争により、格差の拡大や自国の生産現場、地域社会の崩壊につながりうる。それが近年明らかになり、自由貿易の行き過ぎ、もっと言えばグローバリズムの暴走を止めよう、改めようという動きになってきた。自国の産業、地域社会を守ることができなければ何のための自由貿易なのかさっぱり分からない。消費者の利益消費者の利益と言うが、消費者は同時に財やサービスの生産者であって、その現場が崩壊すれば消費者たりえなくなる。トランプ氏の主張は単に行き過ぎを止めて自由貿易と国内産業保護のバランスを取りましょうと言っているだけである。だからこその多国間ではなく二国間調整であって、「トランプになればアメリカは保護主義に走って世界経済が停滞する」というのは現実を無視した極論、否、机上の空論である。

 

 また、これら二つとの関連で、トランプ大統領でアメリカが内向きになることを懸念する声があるが、トランプ氏はアメリカを立て直して、「make America great again」にもって行こうとしているのだから、内政に比重を置くのは当たり前。アメリカの国益との関連が薄い海外の細々した争いごとにいちいち関わっていられるわけがない。こうしたことを懸念するというのは、「超大国」アメリカが超大国の地位から降りて、普通の大国になってしまうことへの懸念と言い換えることができるだろうが、それこそが冷戦思考の延長線上である。

 

 そもそも、ここ千年以上の世界の歴史を見れば、二つの超大国という数十年が異常なのであって、それ以外は基本的に多極化した世界であった。多極化の中で勢力を均衡させつつ、自国の安全を保ってきたのであって、冷戦が終結して多極化へ戻ろうとする中で、アメリカが唯一の超大国として君臨しようと挑戦して、やっぱりダメだったので、もう無謀な挑戦は止めますというのがトランプの基本的な主張であろう。米国民のことを考えれば、どこかの知事ではないが「国民ファースト」で考えれば至極当然の主張である。

 

 この程度のことも分からない識者や政治家、官僚、財界人が、連日「心配だ心配だ」と連呼し、まことしやかに日米関係を語っていて辟易するが、そうしたものは放っておいて、一般国民、有権者諸氏には早々に冷戦思考から抜け出ていただいて、日本の置かれた現実を直視しつつ、この国の真の独立という将来に向けて思いを巡らせていただきたいものである。トランプ大統領誕生はまさにかつてない好機であるのだから。