新卒1年目の医事課の後輩も、順調に成長中。
ぶたんの業務の取り組みを見ていても、適切に医事解説本を手に取り調べる、ということもできている。教育係としては、嬉しく頼もしくもある。
ただ、後輩の相談を受けていて感じることがある。それは、基礎(基本の中でもとくに重要なポイント)の部分についていまいちピンときていない、ということだ。もちろん経験の部分もあるが、それだけではないとも感じる。
このピンとこない部分を入門レベルの新人教育で行う必要があると感じ、そのための資料づくりに着手。
ただ、後輩の相談を受けていて感じることがある。それは、基礎(基本の中でもとくに重要なポイント)の部分についていまいちピンときていない、ということだ。もちろん経験の部分もあるが、それだけではないとも感じる。
このピンとこない部分を入門レベルの新人教育で行う必要があると感じ、そのための資料づくりに着手。
その資料は、点数表の各区分ごとに①初心者にもすっと理解でき、かつ②自院の実務をこなすのに役立つ知識を重点的にとりあげていること、をコンセプトとした。
独学者を対象とする「本」であれば、これにキーワードの「行間の説明」について「心に引っかかるような言葉」を十分に盛り込みながらしなければならない。しかし、OJTであれば、「心に引っかかるような言葉」による説明のほとんどは口頭にて行える。
②については、安心して業務に取り組んでもらえて、かつ「診療報酬請求事務能力認定試験」の練習にもなるように考慮。普段、業務でよく使う知識を、認定試験に倣い学科・実技の基本問題とした。
この①②により、得た知識をただ「覚える」だけでなく、業務・問題をとおして考える事により、基礎知識をフレームとした「思考の棚」ができることを目指した。
そして、もう一つ重要なこと。正解のある試験と違い、答えのない業務(問題)に向き合ったとき、どう考えるべきか。言い換えれば、「知識があっても解決できない問題」の場合にどう考えるべきか。たとえば、レセプト審査における「症状詳記」をどう構成(論点抽出し依頼)するか、DPCデータを用いてどう分析するかなど。
それを伝えることも、教育の形に落とし込む必要を感じる。
この考え方は、つい最近読んだ、そして、その格好から怪しんでいた数学者・秋山 仁 先生の書籍のメインコンセプト『発見的教授法』でもあり、とても共感した。
その序文を引用させていただく。
『本シリーズのタイトルに冠した発見的教授法という言葉に、筆者が託した思いについて述べる。
標準的学生にとっては、突然すばらしい解答を思いつくことはおろか、それを提示されてもどのようにしてその解答に至ったのかのプロセスを推測する事さえ難しい。そこで、本シリーズにおいては、天下り的な解説を一切排除し、‘‘どうすれば解けるのか”、‘‘なぜそうすれば解けるのか”、また逆に、‘‘なぜそうしたらいけないのか”、‘‘どのようにすれば、筋のよい解法を思いつくことができるのか”などの正解に至るプロセスを徹底的に追及し、その足跡を克明に表現することに努めた。
このような教え方を、筆者は‘‘発見的教授法”と呼ばせていただいた。その結果、10行ほどの短い解答に対し、そこにたどりつくまでのプロセスを描写するのに数頁をもさいている箇所もしばしばある』
今、後進の教育を考えるとき強く思うのは『答えにはなれない、しかし、良いヒントにはなりたい』ということだ。
そんな思いを持っているときに、図書館で手にとった秋山先生の著書。序文に1,000%同意しつつも、高校時代に学んだサイン、コサイン、タンジェントの踊る中身はさっぱりわからなかった。
僕にできることは、尊敬する人の著書を持って、サインを貰いに行くことだけだ。

