コントラバスなどで行われるサブハーモニック奏法について検証してみます。
サブハーモニック奏法とは弓で弦を押さえつける力を通常よりも強くして「開放弦より低い音を出す方法」のように説明される特殊奏法ですが、本当に開放弦より低い音が出ているのかどうかは個人的には疑問だったので調べてみました。
この動画の方は冒頭でソ→レ→ラ→ミの順番で開放弦を通常の奏法で音を鳴らし、次にサブハーモニック双方で同じことをしています。
今回はA弦の音をスペクトラムで検証します。
○普通の奏法
A弦解放の普通の奏法のスペクトラム
ミキシングをご自身でおやりになる方はご存じかも知れませんが、まず大前提として低音楽器は基音よりも2倍音以上の方が大量に発生しているため、本当の基音を基音と耳が認識しないことがあります。
上の図では基音の55Hzのラよりもピンクの2倍音で110Hzのオクターブ上のラの方が圧倒的に音量が大きいのがわかります。
正弦波の55HzとコントラバスのA弦解放を聴くと譜面上は同じ周波数のはずなのにコントラバスの方が高く聞こえるのはそのためです。これは様々な低音楽器で起こる現象です。
基音も一応出てはいるのですが、2倍音の方が音が大きいので2倍音を基音のように感じるかもしれません。逆に言えば基音が弱いので低音が弱く聞こえるわけです。
話は逸れますが、ミキシングのサブハーモニックプラグインはまさにこの物理現象を補強するためのもので、2倍音の方がベースの低音のように聞こえるため正弦波で本当の基音を足すわけです。これによって低音がパワフルになります。
○サブハーモニック奏法
A弦解放のサブハーモニック奏法のスペクトラム
もう一度動画のサブハーモニック奏法を聴いて欲しいのですが、低音成分が増えたように聞こえます。
耳は容易く騙されて錯覚するので科学的にスペクトラムを検証したいのですが、まず弓をかなり力強く(動画では両手で)押さえつけているので、弦の張力が増してギターでいうところのチョーキング状態になるため基音が半音上がってA#音(58.3Hz)になっています。
押さえつける力によっては正確に半音上とは限らないのですが、ここでは大体A#音ですのでそのようにします。
基音はA#音(58.3Hz)になっているので「低い音が出る」どころから実際には半音上がっています。しかし基音の完全5度上のF音(87.3Hz)の音が発生し、さらに上部倍音も発生して工事現場の重機のエンジン音みたいな重低音がします。
実はこれは後述の倍音の具体的な分析で述べているのですが、基音は高くなっても(耳が基音と騙される)2倍音音よりも低い周波数の倍音がたくさん発生しているので低い音が出ていると錯覚するわけです。
○比較
両者を比較してみると画像の紫の四角の中の音が上のサブハーモニック奏法の方が多いことがわかります。これが低音が出ると誤認する原因です。
基音が普通の奏法よりも高いので「普通の奏法よりも低い音が出る奏法がサブハーモニック奏法」という表現は少々語弊がありますが、倍音を含めるとたしかにそのように聞こえます。
実際は基音と誤認している2倍音よりも低い音が2倍音以上で出る奏法という言い方が正しいでしょう。
楽器の低音において基音よりも2倍音の方が大量に発生し、2倍音を基音と錯覚する現象はコントラバス特有のものではなくピアノの低音、チューバ、エレキベースなどに共通する現象です。
しかしながら2倍音を基音に誤認と言いますが、私を含めほとんどの人は2倍音の方を基音だと思うはずです。だからこそミキシングの世界でサブハーモニックプラグインが存在するわけで、物理的には正しくないけれども(本当の基音を認識できない耳にとっては)感覚的に正しい表現と言えるかもしれません。
○もう一歩踏み込む
サブハーモニック奏法時の倍音列
既に見てきた通り今回のサブハーモニック奏法で実際に出ている最も低い音はA#音(58.3Hz)です。
これが一番低い音なので便宜上基音と呼びましたが、発生している最も低い音という意味ではそうですが、倍音の配列から述べるとこれは2倍音になります。
普通の奏法とサブハーモニック奏法の倍音列比較
スペクトラムアナライザー図に2、3、4、5、6、7、8、9倍音まで上の画像で書きましたが、本来基音をラ#とすればラ#(基音)→ラ#(2)→ミ#(3)→ラ#(4)→ドX(5)→ミ#(6)→という風に続くはずです。
しかし実際はラ#(2)→ミ#(3)→ラ#(4)→レ(5)→ミ#(6)→という風に29.15HzのA#音は鳴っていないのに2倍音から倍音列がスタートしています。
普通の奏法と比較すると実際に鳴っている最低音は半音高くなりますが、倍音列としては全体的に1オクターブ下がっています(比較画像で見た紫の四角内の音)ので本当の基音が半音上がっていても低い音と感じるわけです。
基音と2倍音はオクターブ関係ですが、基音が鳴らずに完全5度上のミ#が足されるのはハモンドオルガンの基音の5度上を足すドローバーを連想します。
左から2番目のバーは基音の5度上を足す
なぜハモンドオルガンにこのような機能があるのか?はもしかしたらこういう物理現象は科学的に知られているのかもしれません。
またサブハーモニクス奏法で本当の基音が鳴らないのかはおそらくコントラバスの弦の長さの問題でしょう。A#音(58.3Hz)が2倍音として倍音が発生していますが、もし基音のA#音(58.3Hz)の半分の周波数の音を鳴らすには単純に2倍の弦長が必要になります。
コントラバスは1メートルくらいの弦長ですが、長さが2メートルあれば出すことは可能ですがそうすると持ち運びや演奏上の問題が起きます。
基音が鳴らないのは理解出来ますが、架空の基音があると仮定されて2倍音から倍音列が開始する原因がわかりません。多分科学的に何らかの説明が付くのでしょう。
○重心の変化
サブハーモニック奏法は重心の変化と言えます。例えば体重50キロの人が膝を曲げて体を屈めれば棒立ち状態よりも重心が下がりますが、体重そのものが増えるわけではありません。
しかし重心が下がっている分、運動性においては単純な体重では測れない変化があります。
サブハーモニック奏法はこれに似たニュアンスを感じます。ここで言う重心とは基音が同じ(実際は半音くらい上がるが)倍音列が1オクターブ下がるという意味です。
○まとめ
クラシックの生演奏ではDTMのようなミキシングにおいてサブハーモニックプラグインで低音を足すということが難しいです。仮に正弦波だけが出せる楽器があれば低音の補強が可能ですが、オーケストラでは一般的とはとても言えません。
オーケストラにシンセ的な楽器を入れるのはメシアンのオンドマルトノを使ったトゥーランガリーラ交響曲を始めとして幾つか存在しますが、低音を補強するために入っているわけではありません。
問題的は弓をかなり強く弦に押し当てるのでピッチが上ずること、コントラバスでは地を這うような低音の倍音列が低すぎてややピッチが不明瞭に感じることでしょうか。
前者は演奏家の音感の問題で、後者は作曲の表現の問題です。効果音的に地を這うような低音を使うのは描写音楽ではありでしょう。
なぜ弦を強く当てると基音なしの2倍音からの倍音列が発生するのか科学的な説明をご存じの方がいらしゃればぜひ教えてもらいたいです。
作曲・DTMの個人レッスンの生徒を募集しています。
このブログの書き主の自宅&skypeでマンツーマンレッスンをしています。
(専門学校での講師経験があります) 詳しくはこちらをどうぞ。
公式サイトhttp://uyuu.jp/
電子書籍ですが作曲・DTM関連の書籍も書いています。
オススメ(作曲の基礎理論を専門学校レベルで学べる本です)
(様々な楽器のアレンジの基礎を専門学校レベルで学べる本です)
(ポピュラー理論を土台にアナリーゼ技法の習得を目指します)
(Kindle専売ですが、PDFもダウンロードして頂けます)
(ポピュラー理論を土台にアナリーゼ技法の習得を目指します)
(Kindle専売ですが、PDFもダウンロードして頂けます)
(ポピュラー理論を土台にアナリーゼ技法の習得を目指します)
(Kindle専売ですが、PDFもダウンロードして頂けます)
(ポピュラー理論を土台にアナリーゼ技法の習得を目指します)
(Kindle専売ですが、PDFもダウンロードして頂けます)
(初心者向けの作曲導入本です)
(マスタリングのやり方を基礎から解説した本です)
DTMミキシングのやり方
(ミキシングのやり方を基礎から解説した本です)
大作曲家のアナリーゼ(1)~水の戯れ(ラヴェル)(Kindle版)
大作曲家のアナリーゼ(2)~亡き王女のためのパヴァーヌ(ラヴェル)(Kindle版)
大作曲家の作品アナリーゼ(3)~牧神の午後への前奏曲(ドビュッシー)(Kindle版)
ポピュラー理論を活用したラヴェルの水の戯れの楽曲分析(アナリーゼ)本です。