デジタルプラグインイコライザーの決定版のように私が勝手に思っているDMG AudioのEQuilibriumですが、プラグインのイコライザーでどれか1つだけお勧めは何ですか?と質問されたら、やはりEQuilibriumを勧めたいです。
安いイコライザープラグインを幾つも買うより、ちょっと奮発してEQuilibriumのような本気で使えるEQを買ったほうが絶対に賢いと思うので、私なりに雑感を書かせて頂きます。
〇EQのカーブについて
マニュアルを読む限り、EQuilibriumの設計に当って徹底的に有名な高級イコライザーの研究を行っているようで、純粋なデジタルイコライザーとしても素晴らしいですが、アナログカーブのモデリングとしても魅力的です。
ピークやシェルビング、HPF,LPFなどおよそイコライザーで必要になる全ての機能が揃っていますが、どんなカーブにするのか?を選ぶときに「4kg」「110」「550」「88」「32」「250」など何処かで見たことあるような数字からカーブを選んでいきます。
この数字は実際のイコライザーの名称に使われている数値で、任意の数値を選ぶことで、そのイコライザーと同じカーブを使うことが出来ます。
SSL 4000G
Sony Oxford OXF-R3
Focusrite ISA 110
API 550b
Neve 88RS
Harrison 32 C
Sontec 250EX
Pultec EQP-1
これらの多くが(知りうる限り全部)プラグイン化されており、特にSSL、API、Pultec、NEVEなどはWAVESを始めとする多くのメーカーがモデリングしていますし、Sontec250ではなくSontec432が近年IKmultimediaからリリースされています。
T-Racks Master EQ432
プリセットのUnits
EQuilibriumは自分で好きなだけEQポイントを加えることが出来るのですが、Unitsというプリセットがあって実機と同じバンド数のプリセットを選べば、実機と同じ構造で扱うことが出来ます。
プリセットになくても、Sontec 250であれば、画像を見る限り5
バンドのピークディップ、両端はハイシェルフとローシェルフ切り替え(もちろん実機を使ったことはありません)なので、同じ構成にすれば、なんとなくSontec 250ごっこが楽しめます。
Sontec 250っぽい構成に出来ます。
IKの432もなかなか素晴らしいですが、EQuilibriumでSontec250ごっこするのも負けてはいません。
イコライザーにとっての最も重要であるカーブですが、これはあらゆるイコライザーにとってその個性となり得る部分です。
OZONE7では通常のカーブのほかにPropotinal Qという選択肢があり、API系のEQのカーブをモデリングしているようです。
OZONE7のEQ画面
Propotinalとは均整の取れたという意味ですが、デジタルプラグインでありつつも、アナログEQのカーブをリスペクトしているということだと思います。OZONEはAPI系だけでEQuilibriumみたいにたくさんあるわけではありませんが、個人的にはノーマルの設定だけでなくPropotinal Qもかなり活用しています。
要するにカーブごとに「味」というか「個性」があって、それが大切な要素の1つであると言いたいわけです。これがすべてではないのは言うまでもありませんが、PultecやNEVEやAPIなどのEQが愛用される理由は「カーブが魅力的だから」という理由も多いにあると思います。
EQuilibriumにはこれらヴィンテージのモデリング以外にもDMGが最適化カーブがたくさんあり、把握するのが大変なほどです。
〇直列か並列か選べます
正確には「すべて直列」か「ピークだけ並列」か「ピークとシェルビングの両方とも並列か」を選べます。
日本ではあまり知られていないだけで海外のプラグインメーカーに優秀なものがたくさんあると思いますが、ユーザーが自分で並列回路か直列回路を選べるのは相当珍しいのではと思います。
直列
並列
カーブも音も直列と並列で変わります
直列だとEQ処理する箇所が被った場合に、前のカーブの影響に後ろのカーブの影響が多く、並列だと小さくなります。
実際に全く同じ設定で直列と並列の設定を切り替えてみるとカーブが変わってしまいます。
小学校の理科の実験でやる豆電球の直列と並列と同じイメージです。電気の代わりに音が流れて、光の強さがEQの効果の強さというイメージでしょうか。
〇IIRとFIRについて
EQuilibriumの良いところはユーザーがカスタマイズして使えるところですが、カスタマイズ出来る設定が多すぎて「??」となってしまう部分も多く、その1つがIIRとFIRです。
IIRは無限インパルス応答フィルタ、FIRは有限インパルス応答フィルタを意味するデジタルフィルターの用語でフーリエ変換を勉強していると出てくる用語ですが、この部分は説明書を読んでパラメータの意味がわかっても、音にどう反映されるのかよくわからず、とりあえず説明書にはこう書いてあります。
(原文)
It’s extremely low CPU usage, but you have no control over phase. For almost every usage in tracking and mixing, IIR without Digital+ compensation is the way to go.
(意訳)
(IIRモードは)位相に関しては関知しないけど、CPU消費は極めて低い。トラッキングやミックスで使うならほとんどいつも「Digital+ compensation」なしのIIR(無限インパルス応答フィルタ)がいいですよ。
IIR+Digital+ compensationなしの設定(直列)
というわけで、私を含めてIIRは無限インパルス応答フィルタ?FIRは有限インパルス応答フィルタ?って何がどう違うの?イコライジングにおいて音にどう影響されるの?振幅特性と位相特性って何?という方はトラッキングやミキシングでは「無限インパルス応答フィルタ+Digital+ compensationなし」で使うことが推奨されています。
では「Digital+ compensation(デジタル補償・補整)」は一体何なの?ということになるのですが、
(原文)
For channels that need the extra edge, turn up the Digital+ compensation until going a step higher ceases to make audible change.
Digital+ Phase will use the Digital+ compensation to correct both phase AND magnitude.
(意訳)
追加でEQの(エッジ)キレが欲しいなら、聴いて違いがわかるまでDigital+ compensationの数値を上げて下さい。
Digital+ PhaseをOnにしてDigital+ compensationの数値を上げていくと(波形の)位相と振幅の両方を(数値に合わせて)補整します。
IIR+Digital+ PhaseはOn、Digital+ compensation 最大値512
イコライザーの勉強をしていると「位相(phase)」と「振幅(magnitude)」という言葉が良く出てくるのですが、ここまで来るとちょっと専門的で学術的な意味で明確に理解しているわけではありません。
位相特性というのは入力時と出力時の位相のズレによる音の違い?と私は理解しています。つまり、バイパスする音よりもEQ回路を通った音のほうが回り道をしているわけですが、その分だけ僅かに音が遅れて原音と位相のずれが生まれます。
ドラムのマイキングにおける位相のズレと意味は同じですが、周波数応答におけるズレを補整するというらしいです(違うかも…あまり自信がないので興味がある方は調べてみて下さい)。
振幅特性というのは言葉通りEQカーブの特性?だと思いますが、専門用語が増えてくるので説明書を読んでも、それが音にどう影響するのかがよく分からないのがこの辺りであり、要するに入力される波形とEQuilibriumで作るカーブとの間で発生するデジタル上の位相のズレ?みたいなものを補正するもの(だからDigital+compensation)ということのようになんとなく思っています。
この点においてはじっくり検証したわけではないので、なんとも言い難いですが、ミックスで使う上ではトラックによって数値を変えてもそこまで大きな変化としてわからないものも多く、作り出すイコライジングカーブによっても違います。
確かに音の違いを感じることは出来ますが、どちらが良いか?と言われると回答に困る違いで、正直ミックスで使うだけなら説明書に書いてあるとおり「無限インパルス応答フィルタ+Digital+ compensationなし」で良いんじゃないかとも感じています。
アナログイコライザーはすべてIIRであり、FIRはプラグインにおけるリニアフェイズEQのようなデジタル処理の領域で行うものと理解しているのですが、EQされた箇所の位相のずれをDigital+ compensationで補整したとしても、普通に使うだけならそこまで強烈に違いがわからないのが現状です。
音の違いを確認する目的で、EQポイントを過剰に増やしたり、あり得ないくらいブースト&カットしたり、Q幅を極限まで狭めたりするなど普通のミックスでやらないようなことをしたときに位相のずれの補整の度合いによる音の変化は聞こえてくるのかもしれませんが、3バンドや4バンドでの常識的なイコライジングでは気にするほどではないと個人的には感じています。
ただCPUパワーに余裕があればDigital+compensationやDigital+ PhaseをONして使っても良いと思います。
FIRはかなり難しく、設定出来るパラメータも非常に多くなります。デジタルEQを詳細にカスタマイズするマスタリング向けのEQ設定のように感じています。
FIRのFはFiniteの略で有限のという意味ですが、位相のズレを全くゼロに出来る代わりに遅延などが発生するデジタル特有のEQのようです。
FIRモードはEQの様々な特性を自分好みにカスタマイズ出来るわけですが、これはハッキリ言ってよほど詳しい方を除けば普通に使うならメーカー側が通常使用に最適化しているIIRで使ったほうが賢いように思えます。
自分好みのフィルター特性を作れるわけですが、正直何をどういう目的でどう設定するべきなのか?が設計者としての専門知識がない私にはお手上げ状態です。弄りながら音の変化を聴いて勉強していくしかありません。
EQuilibriumでは「Phase」「Impulse Length」「Impulse padding」「Window Shape」を設定することが出来て、リニアにしたり、アナログ特性にしたり、解像度をコントロールすることが出来ます。
Impulse Length 1024の場合
Impulse Length 16384の場合
Impulse Length 262144の場合
説明書ではImpulse Lengthの数値を上げていくとインパルス応答?波のようなうねりが消えていき、解像度が高くなるとのことですが、その分CPU付加は高くなり最大値になると激重(私の持っているプラグインの中では最大)になります。
FIRモードで解像度や窓関数やリンギングに関する設定を行えるのですが、これはイコライザーの設計や内部構造に詳しい方でないと思うように使いこなすのは難しいようで、例えばいくつかの高級アウトボードイコライザーの内部構造に詳しい方が、EQuilibriumの設定を実機と近づけたりすることで似たような効果を求めたり、より自分好みのサウンドにオリジナルカスタマイズしていくためのモードでしょうか。
ある程度まで自分好みのイコライザーを作れる反面、パラメーターの知識が必要になります。
AnalogueモードでImpulse Length 131072、Impulse padding ×8、Window Shape Hammingの設定
設定出来る数値を上げていけばいくほど解像度は高くなり音も変化していきますが、どんどん重くなっていきます。最大値だとパラメーターを弄っただけでそれが適応されるまで数秒間固まってしまうほどです。
マスタリングで使うときはカスタマイズして使うのも面白く、上の画像のような設定で使うこともあります。
この辺りは正直手に余り、何をどうすればどういう風に音が変わっていくかという問題を突き詰めていくにはまずイコライザー設計の基礎知識が必要であり、さらにEQuilibriumの音を良く聞いて判断していく必要があります。
FIRは最低限説明書を読んで、聴いてこれが良いと思う設定で使えばそれで良いように思えますが、おそらく多くの方は「そういう細かい専門的なことは設計者やプログラマーに任せて、性能の高いEQが欲しい」と思いますので、自分で設計者側の立場になって勉強してまでイコライザーを使いたいという方は少ないのではないかと思います。
だからこそ、色々なメーカーが色々なイコライザーを開発・販売して、ユーザーは内部構造や専門知識に明るくなくても「音を聴いてで判断して」私たちはそれが実機であれプラグインであれ、イコライザーを自分の好みで選んでいくわけで、それをカスタマイズ出来るEQuilibriumは特殊な立ち位置にあるイコライザーであると言えます。
アナログの歪みを除けばEQuilibrium1つで多くのイコライザーの特性を再現出来る超優れもののイコライザーであり、これ1つあればイコライザーはなんとかなるように思えます。極めて優れているのでほかのデジタルイコライザーでEQuilibriumに匹敵するのはそんなに多くはないはずです。
難しい側面もありますが、メーカーが推奨するように普通にIIRモードで好きなアナログEQのカーブを組み合わせて使うだけで十分音の良いEQなので、難しいことはいいから普通にクリアで高品位なEQが欲しいという方にもお勧めです。
ほかにもGUI、その他に関してもかなりカスタマイズすることが出来ますが、その辺は説明書を見ればわかるのでご興味がおありの方はこちらを参照して下さい。
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